「シュラ、私にも紅茶を一杯、貰えないかな。」
「自分で淹れろ。そこにポットがある。」
「冷たいね、客に対して。」
「お前は客じゃない。ただの邪魔者だろう。」


鋭い視線を送りながらの言葉にも、アフロディーテは小さく肩を竦めただけ。
目の前で悠然とカップに紅茶を注ぎ、それを優雅に口に運ぶ。
長年の付き合いもあるからだろう、俺の言葉など右から左だ。


「……濃いな、この紅茶。」
「わざとだ。」
「寝不足のため? それとも、苛立ちを抑えるため?」
「両方だ。」


暫しの沈黙。
だが、まるで俺の様子を観察でもするように、アフロディーテは俺から視線を外さない。
俺に視線を向けたまま紅茶をズズッと啜り、テーブルの上のクッキーを勝手に摘んでいる。


「そんなに苛々してるなら、スカッと汗でも流してくれば良いのに。」
「それが出来ないから苛立ってる。」
「どうして? キミの日課だろう、朝のトレーニングは。」
「今日は一日中、傍から離れない。そう、飛鳥と約束した。」
「成程。反省したは良いが、それが裏目に出てしまったという事か。」


自分で言って苦々しい気分になり、少し乱暴にティーポットを掴んだ俺は、乱暴に紅茶を注ぐと、それを一気に飲み下した。
昨夜、酔った飛鳥と約束した時は、まさかこんな状況になろうとは思ってもいなかったのだ。
夜は飛鳥とたっぷり愛し合い、それから、昼は彼女が満足するまで傍で寄り添っていてやろうと、そのつもりだった。
それが、こんなお預けを喰らって、一日中、堪え忍ばなければならないなど、これは一体、何の拷問だ?


「全ては飛鳥を不安にさせたキミが悪い。」
「……分かっている。」
「本当に分かっているのかい? キミは彼女の抱いていた夢を諦めさせてまで、ココに、この聖域に連れてきた。ならば、キミは飛鳥の一生を保障する義務がある。釣った魚に餌をやらないなんて、通じないんだよ。」


分かっている、分かっているさ。
だが、アフロディーテの言葉は、そもそもが間違っている。
俺が飛鳥を釣ったのではない、俺が飛鳥という存在に釣られてしまった、そう思っている。
あんな風に、自分の我を押し通してまで、飛鳥をココへと連れてくるなど、それまでの俺には考えられない選択だったのだからな。


相手の抱える大きな夢を知っていながら、彼女を傍に置く事を諦めきれず、無理矢理な理由を付けて、半ば強引に飛鳥を自分だけのものとした。
たった一晩で、俺にそれだけの決意をさせた女、それが飛鳥だ。
出逢った瞬間に心揺さ振られたのも初めてだったが、その場でデートに誘った事も、デートの後の離れ難さにホテルの部屋に誘った事も、自分を抑えられずに全身全霊を籠めて愛をぶつけた事も、気が狂う程に激しく抱いた事も、全てが俺にとって初めての出来事だった。
これ程までに執着し、熱心に女を口説いた事もなく、手に入れようと必死になった事もない。
飛鳥は、『いつもの俺』を見失わせるだけの力を、魅力を持った唯一の女なのだ。


「どうして、それをこう……、ちゃんと言葉と態度に出せないかなぁ。それだけの情熱を見せ付けられれば、飛鳥も不安になんてならないだろうに。」
「そうは言ってもな。こればかりは、なかなか……。」
「そんな事を言うなら、私が彼女を奪うよ?」
「っ?!」


ここにきて宣戦布告か?
睨み付けるよりも、不思議と驚きが勝って、目の前の秀麗な男の顔を、ただ目を見開いて見遣った。
クスリと笑ったアフロディーテは、余裕綽々の様子だ。





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