「フフッ、安心しなよ。」
「……何?」
「キミが悶々としてる隙を付いて、奪ってしまいたいのは山々だけど、飛鳥が簡単に奪われてくれるとは思わないから……。」


それからアフロディーテは、飛鳥がどれだけ俺の事が好きなのかと、淡々と語った。
昨夜、彼女がコイツに零した愚痴から始まって、何気ないお喋りから、深刻な相談事まで。
飛鳥の話には、いつも、その中心に『俺』があるのだと。


「飛鳥の夢は、超一流のパティシエになって有名になり、パリに自分の店を持つ事だったんだろう? それをアッサリと捨ててまで、キミとココで生きていく道を選んだ。それだけでも、彼女の想いと決意の強さは、十分に分かる。キミに、どれだけ惚れているかもね、シュラ。」
「…………。」
「可能性がないと分かっているから、奪う気も、手を出す気も、端から私にはない。その代わり、良き相談者、頼れるお兄さんとして、目一杯、飛鳥を甘やかすつもりさ。キミがそんな態度を取り続けるなら、尚更ね。」


そう言って、ウインクを一つ残した後、徐に立ち上がったアフロディーテは、キッチンへと足を向けた。
覗き込んだそこでは、飛鳥が揚げたてのチュロスに最後の仕上げを施していた。
こんがりと揚がったチュロスは、俺の食欲を急速に膨らませる。
だが、それ以上に、飛鳥という存在が、汗だくになりながらも真剣にチュロスに手を加える彼女の姿が、俺の中の熱い想いを、より一層、膨らませた。


「やぁ、おはよう、飛鳥。」
「あ、アフロディーテ、おはよう。昨日はごめんね?」
「気にする事ないよ。それより、調子はどうだい?」
「ちょっと二日酔い気味。でも大丈夫、心配しないで。今、チュロスが出来上がったから、沙織さんのところに届けた帰りに、お裾分けで持っていくね。」
「それは嬉しいな。楽しみにしてるよ。」


アフロディーテはニコリと笑って、飛鳥の小さな頭を撫で、それから、俺の肩を一つ、ポンッと叩くと、振り返りもせずに部屋を後にした。
残された俺達は、何となく無言のまま、奴の去ったドアを呆然と眺めていた。


「シュラ……、ごめん、ね?」
「何故、お前が謝る?」
「だって……、夜も朝も、その、駄目だったでしょ? シュラ、辛いだろうなって……。」
「それは飛鳥が謝る事じゃない。」


いつもと同じ、素っ気なく言い放ってから、ハッとする。
あぁ、こういうところが駄目なのだ。
見ろ、飛鳥の顔を。
悲しそうに、不安そうに、俺を見上げているじゃないか。


「……飛鳥、こっちへ。」
「??」


疑問符を浮かべながら、傍へと近付いてきた彼女を、ギュッと抱き締め、腕の中に閉じ込める。
返ってきた反応は、明らかな戸惑いと困惑。
それに苦笑を零す俺。


「シュラ、大丈夫? こんな事したら余計に辛いでしょ?」
「我慢するさ。お前のためならな。それに今夜こそ、お楽しみが待っている。一日、耐えた後は、それはそれは素晴らしい行為になるだろう。それを思えば、このくらい乗り越えられる。」
「も、もうっ。シュラったらっ。」


顔を真っ赤に染めながらも、クスクスと笑って。
俺の胸にしがみ付いてくる飛鳥からは、いつもと同じバニラエッセンスの香りがする。


「チュロス、食べよ。」
「良いのか? アテナへ持っていくのが先だろう?」


いつもなら、まず女神へ献上。
俺は、その後だ。
アテナへ献上する菓子を作る事、それが飛鳥の仕事でもある。
それは、彼女をこの聖域に連れてくるためにと、女神が用意してくれた『口実』だった。


「今日は良いの。これはシュラのために作ったんだから。チュロスが大好きなシュラのために、ね。」
「そうか……。なら冷める前にいただこう。」


熱々のチュロスと、甘い蜂蜜とクリーム。
それを頬張る俺を、幸せそうに眺める飛鳥。
大事にしなければいけない、飛鳥の為にも、俺自身の為にも。
そして、俺達を支えてくれる皆の為にも。



Sweet Sweet My Honey



「体調はどうなんだ? 良くなったのか?」
「まだ、ちょっと気持ち悪い、かな。」
「それで良くチュロスなど揚げたな。」
「お菓子作りは別腹ですから。」
「いや、それはちょっと違う気が……。」



‐end‐





プチフール、第三弾。
寸止めお預けで苛立つ山羊さんと、火に油を注ぎにきた魚さんの巻w
出逢いの頃の話も少し入れてみましたが、これについては、また別の機会にガッツリ書く予定です^^

2013.09.17



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