「…………。」


それから一時間。
俺とアイリーンは今、ダイニングで向かい合って席に着き、黙々と朝食を摂っていた。
だが、目の前の彼女は黙り込んだまま、さっきから一言も喋ろうとはしやがらない。
チッ、そンな怒る事ねぇだろが。
前言撤回、やっぱ女は皆、面倒な生き物だ。


「オイ。聞いてンのか、アイリーン。いつまで黙ってンだよ?」
「…………。」


結局、あの後。
たっぷりと楽しんだキスのせいか、俺の身体はどうにも治まりが付かなくなっちまって。
こうなりゃヤっちまえとばかりに、アイリーンをベッドに押し倒し、最後まで事に及ンじまったのが悪かったらしい。
そのせいで、折角、俺のためにと早起きして作った朝食が、すっかり冷めてしまったのだと、コイツは大層、ご立腹の様子。


「アイリーン、コーヒーおかわり。」
「…………。」


ったくよぉ、いつまで怒ってやがるンだ。
自分だって十分、楽しンだじゃねぇか。
俺の下で、あンなに恍惚の顔して、喘いでやがったクセに。


「ンだよ、自分でやれってか?」
「…………。」


何度言っても、答えは返ってこない。
仕方がないので、自分でコーヒーを淹れに立ち上がった。
キッチンはアイリーンの背後にある。
当たり前に彼女の横を通るが、その際、チラリと上目遣いに俺の様子と顔色を伺っているのに、俺は目聡く気付いていた。


「そンなに気になるンだったら、何か言えっつの。」
「わっ! 吃驚した!」


隙を見て、そのシャープな顎を捉えると、グイッと力任せに上を向かせて、俺の顔に近付けてやった。
突然、至近距離から俺に見下ろされ、カァッと赤く染まっていくアイリーンの顔。


「い、いや、あのぉ……。何だか新婚夫婦の、夫婦喧嘩みたいだなぁと思ってしまって……。ご、ごめんなさい。つい変な想像を……。」


アタフタと言い訳するアイリーンの姿は、思わず口元が緩みそうになる程に可愛らしい。
それを誤魔化すために、俺は片眉を上げると、渋々な態を装い、顎から手を離してやった。
コーヒーを片手に自分の椅子に戻り、俺はワザと乱暴にアイリーンの向かい側にドカッと座る。


新婚夫婦ね。
まぁ、近々そうなってもイイか、なんて思ってはいたンだが……。


だが、その前に片付けてしまわなきゃなンねぇ問題がある。
片付けると言うよりかは、『越えなきゃなんねぇ壁』って方が、合ってるな。
あの日、あの午後。
結局は、反故にしてしまった大問題が……。


「あの、デス様……?」


アイリーンの声にハッとして顔を上げれば、目の前には心配気な顔があった。
しまった。
俺とした事が、ついつい自分一人で深い考えに耽っちまったか。
俺は慌てて立ち上がると、ジッとこちらを見ているアイリーンの横に行き、その頬にそっとキスを一つ落とした。


「んじゃ、面倒臭ぇが、執務に行ってくらぁ。」
「あ、はい。いってらっしゃいませ、デス様。」


アイリーンの見送りの言葉に、軽く右手だけを上げて。
そのまま振り返りもせず、俺は巨蟹宮を後にした。





- 3/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -