腹黒彼氏と困惑彼女C



「これは一体、何のマネだ?」


いつもの怖い顰めっ面を更に強ばらせ、ラダマンティス様が睨み付ける、視線の先。
そこには口元に薄く笑みを浮かべた、見た目だけは愛想の良いミーノス様の姿があった。


「何って、見ての通りです。皆さんにお菓子を配っているのですよ。ねぇ、アルクス?」
「だから何故、俺達に菓子など配る必要がある? 貴様、今度は何の策略を練っているのだ?」
「失礼ですね、別に何もありはしませんよ。ただ地上で買ったこのパウンドケーキが余りに美味しかったので、そのお裾分けです。」


私はミーノス様に連れられて、ラダマンティス様の執務室にお邪魔していた。
そして、先日、アイアコス様と『三人』で地上に出た際に買い込んだお菓子を、カイーナの皆様に二人掛かりでお配りしているのだけど……。


正直、ラダマンティス様が警戒するお気持ち、大いに分かります。
だって、相手は一癖も二癖もある、あのミーノス様。
自分の恋人に対して、こう言っては何ですが、何の裏もなくして、このような事をするなんて有り得ないですもの。


「もしやケーキに何か仕込んでいるのでは?」
「我々の管轄下で良からぬ事を起こし、それが発覚する前に、こうして機嫌取りをしているのかもしれんぞ。」


次々に聞こえてくるのは、バレンタイン様やシルフィード様による疑いの言葉。
全く持って信用がないのねと思いつつも、それもそうなのでしょう。
彼等はこれまで散々、ミーノス様の自分勝手な行動や言動に振り回されて、被害を受けてきた方々なのですから。


「嫌ですね、まだ何も起こしてなどいませんよ。」
「まだ、だと?」
「未来の事など分かりません、私は神ではないのですから。この先、うっかり何かをやらかしてしまうかもしれないでしょう。まだとは、そいう意味です。」
「お前のうっかりは数が多過ぎる。大体、その殆どが『うっかり』ではなく、『意図的』ではないか。そんなヤツの言葉など、そうそう信用出来る訳がない。」
「これは随分と手厳しいですね。」


ラダマンティス様達に何を言われようと、全く怯む事のないミーノス様。
その口元からは笑みが消える事がない。
こうなると私ですら、何かを企んでいるようにしか思えないのですが……。


「兎に角、ほら。食べてみてください、美味しいですよ。」
「あ、本当だ。」
「うん、美味い。流石に地上の菓子は違うな。」
「ミーノス様、これは何処の菓子ですか?」
「それはですね……。」


一口、食べた瞬間から、すっかりお菓子の話題に花が咲き始めるカイーナの皆様とミーノス様。
それを見て大きな溜息を吐くラダマンティス様の渋い表情から、彼の苦労の大きさが窺われた。


ケーキと共に用意したティーポット五つ分の紅茶も、お菓子を囲んだ皆様によって、すっかり飲み干された頃。
口元の笑みを更に深めたミーノス様が、ラダマンティス様の方へと、おもむろに身を乗り出した。


「それでですね、ラダマンティス。」
「やはりか……。」
「やはりとは何ですか?」
「薬を仕込んだ訳でもない。何かをやらかした訳でもない。とすれば、残りは厄介な頼み事がある、そうとしか考えられんだろうが。」


流石はラダマンティス様です。
ミーノス様の性格、そして、行動パターンすらも良く把握していらっしゃる。
私は感嘆の思いで、彼の強ばった厳しい顔を横目で身遣った。


「貴方に迷惑が掛かるような事は何もありませんよ、ラダマンティス。ただパンドラ様が出席されるという来週のパーティー、その護衛の任を変わって欲しいと、それだけです。」
「またか。お前は地上のそういう集まりが本当に好きだな。」
「私が好んでいるのではなく、貴方が嫌いなだけでしょう。どうしてですか? パンドラ様の護衛があるとはいえ、あの華やかさと賑やかさは、とても楽しいものですが。」


本当のところは、どうなのだか……。
何せ、つい昨日までは、そのパーティーに興味すら持っていなかったのだもの。
事態が変わったのは昨夜。
またもやパンドラ様の気まぐれで、私がそのパーティーに同行する事が決まったと聞いて、急に目の色が変わってしまったのだ。
そして、素早過ぎる程の、この行動。
彼が心配してくれているのだと思えば、恋人としては嬉しいけれど、他の人にとっては迷惑でしかないですよね、やっぱり。


「大体、あの華やかな席に、貴方のその仏頂面は似合いませんよ。あんな怖い顔で周りを睨み付けては、パンドラ様も他の客人と思うような交流が出来ないでしょう。もう少し愛想良く出来ないのですか、ラダマンティス。」
「貴様の嘘臭い笑顔よりは、まだマシだろう、ミーノス。」
「嘘臭いとは失礼な。私の笑顔は、常に心からのものです。」
「心から? フン、俺には偽物にしか見えん。」


ミーノス様とラダマンティス様の一向に接点の見出せない平行線の会話を横で聞きながら、私はカイーナの皆様とお喋りを続けていた。
だが、最後に聞こえた言葉。


「代わってくれたら、そのお礼に、貴方にもアルクスとの地上デートを許しましょうか?」
「いらん。どうせアイアコスの時と同じように、貴様も同行するのだろう。この偽物笑顔の似非紳士めが。」


その遣り取りを聞いて、今度はラダマンティス様の代わりに、私が大きな溜息を吐いていた。



偽物の笑顔だなんて心外です



‐end‐



→Dへつづく


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