おかしい……。
何度見ても、探しているファイルが見つからない。
先週、間違いなく、この列の上段に戻した、あの分厚い資料ファイル。
見出しに赤い文字で大きくタイトルが書いてあった、他と間違いようのないあのファイル。
でも、それらしい資料は、その段の何処にも見当たらない。
一応、対面の棚と裏側の棚の上段も探しては見たが、
似たようなファイルを手に取り開いてみても、明らかに違うものばかりだった。
「どうしよう……。」
早くしないと、サガ様が今か今かと待ち構えている。
だけど、この大きな資料室の全てのファイルの中から探すには、あまりにその数が膨大過ぎる。
一時間、いや、二時間は掛かるだろうか。
そんなに時間を掛ける訳にもいかず、私はただ途方に暮れた。
「どうした、鮎香? 探し物、見つからないのか?」
「っ?! み、ミロ様っ?!」
突然、背後から掛けられた声に、私は文字通り飛び上がっていた。
それも当たり前だ。
物音は勿論、気配すら全く感じなかったのだから。
「か、カミュ様に追い出されたんじゃなかったんですか?」
「うん。でも、鮎香がいたから、戻って来たんだ。折角、二人きりになれるチャンスなのに、そのまま執務室に帰るのは勿体ないし。」
「は、はぁ……。」
私としては、出来れば執務室に戻っていただきたかった。
こういう時、ミロ様はお手伝いどころか、私の邪魔をしてくれる事が多い。
ただでさえ焦っている今、彼の存在は、黄金聖闘士様にこう言っては申し訳ないけれど、ちょっと迷惑だった。
せめて、戻って来たのがカミュ様だったら良かったのに。
彼なら私が今、探している資料の在り処も知っていそうだもの。
「鮎香が探しているのは何? サガからの頼まれもの?」
「はい。A国に関する資料なんです。先週、確かに、この棚の上に戻した筈なんですが、見当たらなくて。」
見当たらない上に、この棚の全てが、まるで見覚えのない様子だった。
おかしいわ、この資料、こんな場所にあったかしら?
「そりゃそうだろう。この棚全部、さっき俺が並び順を変えたから。全部の段の資料、ごちゃ混ぜにして戻しておいたんだ。」
「えぇっ?!」
どうりで変だと思う訳だわ。
探していた資料だって、見当たらないに決まっている。
棚一つ分とはいえ、これだけの大きさ。
十数冊の資料ファイルが収まっていたのだから、その全てが場所を入れ替えられてしまったなら、まるで違う棚を見ているような気がするのも当然だ。
それよりも!
これ、元通りにしておかなければ、他の人が資料を探しに来た時に、困るじゃないの!
「ミロ様、どうして、こんな事をっ?」
「いや、ほら。最近、鮎香は全然、俺の相手してくれないし。コレ、元に戻す間は、一緒に作業出来るだろ? さっきサガが処理してる書類を見て、きっと鮎香が資料を取りに来るだろうって、狙ってたんだ。」
「そんな……。」
ここ最近、ずっとミロ様とアイオリア様に誘われない様にと、巧みに避け続けてきたのが、どうやら裏目に出てしまったようだ。
まさか、こんな強引な手段を使ってくるなんて、思ってもいなかったわ。
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