少しずつ時間と共に人通りが多くなっていく、まだ午前中のアテネ市街。
ゆっくりと流れていく人の波に紛れて、シュラ様と私は並んで歩いていた。


風は、まだ訪れて間もない春の寒さを突き付ける冷たさを含んでいたが、遥か上空から降り注ぐ陽の光は冬とは比べ物にならない程、暖かだった。
空は見事に晴れ渡り、気持ちの良い青が広がっていて、ふわふわと触り心地の良さそうな雲が所々に浮んでいる。
こうして春の気配を感じているうちに、きっと、あっと言う間に夏になってしまうのだろう。
季節の移り変わりの速さは、瞬きのスピードより速いような気がしてならない。


私は真横を歩くシュラ様を見上げた。
宮の中にいる時は、あまりこの身長差を感じる事はない。
それは、二人の距離が近い場合は大抵、座っている事が多いからだ。
立っている時には、こんなに近くで接する事は少ない。


背の高いシュラ様を、こうして下から見上げると、その表情がいつもとは違うようにも見えて、ちょっとだけ寂しさを感じる。
シュラ様の鋭い瞳が見つめている景色は、背の低い私に見えている景色とは、きっと全く違うのだろう。
そう思うと、幾許(イクバク)かの寂しさが胸を襲うと共に、それで良いのだとも思った。
自分は女官だ、黄金聖闘士のシュラ様と同じ景色を見れる筈もない。
この距離感、これが本来の宮主と女官の距離なのだと、このところ勘違いしてばかりいる自分の心に言い聞かせた。


「何をジロジロと見ている?」


気付けば、シュラ様が私を見下ろし、ジッと鋭い視線を投げ掛けていた。
その視線を受けて、正直な私の頬が熱を持って赤くなっていくのが分かる。
慌てて逃れるように俯くと、自分の足元へと視線を落とした。


「あの……、頬。もう腫れた痕が残っていないなと思いまして……。」
「あの程度の力では、せいぜい三十分程度で消えるだろうな。」
「でも、痛かったのでしょう?」
「痛かったと言えば、嫁に来てくれるのか?」


またそうやって私をからかう。
二人きりの宮内でならまだしも、こんな人通りの多い場所での、こういう遣り取りは気後れしてしまうのに。
出来れば当たり障りのない話題にしてくれれば良いものを。
そう思いつつ、この話題を振ったのは私だったわと、心の中で小さく苦笑した。


「痕が残っていないのなら、嫁に行く必要はないと思いますけど。」
「見た目に痕は残らなかったが、心に傷が残ったぞ。何せ上から下まで全部、アンヌに見られてしまったからな。」
「また、そういう事を仰って!」


今朝の思い出したくない一幕を甦らせる、その引き金となる言葉を口にして、ニヤリと笑うシュラ様。
わざとそうして楽しんでいる彼の意地悪な態度に、私はちょっとだけムッとした。
そのせいか、意識する前に腕を伸ばして、真横を歩くシュラ様の腕と身体を押して遠ざけようとする私。
だが、その瞬間。
その気配に気付いたシュラ様が、私の腕を避けると同時に、パッと手首を捉えていた。





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