「……何故、俺がぶたれなければならんのだ。」


朝食のテーブル。
私の向かい側に座るシュラ様は、何処か釈然としない様子でパンを口に運んでいた。
白い頬にはクッキリと刻まれた真っ赤な痕。
先程、私が思わず引っ叩いてしまった時の手の痕だ。


「黄金聖闘士様なら、一般女性程度の力で叩かれたところで、痕一つ残らないかと思ってました。」
「馬鹿を言え。黄金聖闘士といえど所詮は人間。殴られればそれなりに痛いし、痕だって残る。」
「痛かったのですか?」
「……まぁな。」


憮然とした表情はそのままに、パンを千切っていた手を止めて、赤く腫れた頬を撫でる。
そのむくれた顔と頬を擦る仕草が、やはり何処か子供のようで、何となく可愛いと思ってしまう上に、どうにも憎めない。


「あの程度の平手打ち、シュラ様でしたら、楽々避けられたでしょうに。」
「油断していたんだ。それもこれもアンヌが悪い。」
「まぁ、私が悪いのですか?」


わざとらしい責任転嫁の言葉。
顔はムスッとしてはいるものの、今はその切れ長の瞳が笑っている。
私を煽り、からかって楽しむつもりなのだろう、魂胆がみえみえだわ。


「言っただろう。何故、俺がぶたれなければならん。見られたのは俺の方だぞ。」
「知らないのですか、シュラ様。あのような時は、『見た場合』でも『見られた場合』でも、悪いのは男性の方なのですよ。」
「理不尽だな。俺は上から下まで全部、見られてしまったというのに。」


その一言で、浴室での一幕を思い出す。
シャワーの水を含んでしんなりと垂れ落ちた黒い髪。
首から肩・腕へと続く逞しい筋肉の隆起。
水を弾く白く張りのある胸板。
そして、流れ落ちる水滴を追って視線を下ろすと、そこには……。


「顔が真っ赤だな、アンヌ。思い出したか?」
「っ?! や、そ、それはっ!」
「こうなったら、アンヌに責任を取ってもらうしかないか。なぁ。」
「せき、にん……、ですか?」


視線の先には、先程までの憮然とした顔は何処へやら、悪戯な笑顔でニンマリと私を眺めているシュラ様がいる。
一体、何を企んでいるのだろう?
また良からぬ企てでも思い付いたのかしら?
物凄く嬉しそうに顔が歪んでいる。
まるでデスマスク様のニヤリ笑顔のように。


「責任を取ると言えば、一つしかあるまい。俺の嫁に来い。」
「……は?」
「俺を婿に貰ってくれ、ではおかしいだろう? だから、アンヌが嫁に来れば良い。」


いやいや、意味が分かりませんから。
今時、素っ裸を見てしまったくらいで「嫁に行けないから、貰ってくれ。」なんて、そんな古臭い話は聞かないですよ。
まぁ、この場合は『嫁』じゃなくて『婿』なのだけれど。


「私、見たくて見た訳じゃありません。それに……。」
「それに、何だ?」
「シュラ様なら、気配で私がそこにいる事くらい分かってらしたのでは?」
「ぼんやりしてて気付かなかった。」


やっぱり、そうですか。
ココにいる間のシュラ様は、常にスイッチオフの状態ですものね。
本当に黄金聖闘士なのかと疑いたくなる程、ダラダラぼんやりノロノロで、怠け放題、散らかし放題。
でも、スイッチが入った時と入ってない時の、この激しい『差』があるからこそ、真剣な表情になった時のシュラ様が、より一層、素敵に見えてしまうのだろうとは思う。
そうと分かっているのに、日に日に彼へと惹かれていく自分の心が不思議でならないのだけれども……。


「もう少し、ご自分の立場を理解してください、シュラ様。」
「部屋の中にいる間くらい、気を抜いたって良いではないか。」


未だ頬が赤く腫れ上がったままのシュラ様を見つめて、彼に分からないよう小さな溜息を吐いた後。
私は食べ終えた後の食器を手に、席を立った。





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