「っ?!」
「どうだ? ぼんやりしてなければ、これくらいは簡単に避けられるぞ。」


どうやら今朝の再現のつもりだったらしい。
確かに黄金聖闘士である彼が、これくらいの動きに反応して避けるのは簡単だろう。
この程度、シュラ様なら眠ったままでも避けられそうだもの。
ならば、あの時はどれだけ気を抜いていたのか。
それにしても、掴まれたままの手首がじんわりと熱い。


「シュラ様。あの、手を……。」
「ん?」


人前で恥ずかしいのと、変に緊張するのとで、どんどんと全身が熱くなっていき、早く手を離して欲しいと思った。
それを正直に伝えているつもりなのだが、相変わらずに鈍いシュラ様は、それに気付いてくれない。
それどころか、手首を掴んでいた手を一旦、離したかと思えば、次の瞬間には手と手をしっかりと繋ぎ合わせるように握り締めてきた。


「段々、人通りも増えてきた。はぐれたら困るし、このままでも良いんじゃないのか?」
「幾らなんでも、はぐれたりしませんよ。子供じゃないんですから、はぐれたところで困る事もないのでは?」
「いや、困る。まだ陽が高いと言っても、危険がない訳じゃない。アンヌを一人にはさせられん。」


手を握る力がギュッと強まる。
これでは、まるで恋人同士のようではないか。
アタフタとしながら、再び、背の高いシュラ様を見上げる。
彼は私の焦りなどまるで分かってないようで、その視線に対して「ん?」と小さく片眉を上げてから、満足気に前を向いてしまった。


「危険なんてないですよ、こんな真昼間に……。」
「そうとは言い切れまい。アンヌ、一人で歩いてる時に、男達に声を掛けられた事があるだろ?」
「え? あ、まぁ、声を掛けられる事は多いですけど。無視して通り過ぎたり、お店の中に入っちゃったりしますから。」
「それが『ナンパ』だと、気付いてないのか?」
「えっ?! ナンパっ?!」


一人で市街に出てくる事は滅多にないけれど(デスマスク様による外出制限があったので)、休日などに出歩くと、頻繁にそういう事はあった。
正直、ロクに話も聞かないで足早に逃げるばかりだったから、全然、気が付かなかった。
まさか、アレが『ナンパ』だったとは……。
女の人は皆、街を歩いていれば、男の人に話し掛けられるのが普通だと思っていた。
何かの勧誘かと、彼等の言葉に耳を傾けた事もなかった。


「全く……。アンヌの鈍さは筋金入りだな。女なら誰もが声を掛けれらる訳じゃない。アンヌが特別に美人だからだ。」
「そんな事は……。」
「危ないな。今までは逃げ切れてたから良かったものの、追い駆けてきたヤツがいたらどうなる? 何処か人目の付かない路地にでも引き摺り込まれていたら?」


その一言に、サッと全身の血が退いた。
そんな事が起きるかもしれないとの考えにさえ及ばなかった。
自分がどれだけ無防備だったのか、今になってやっと理解する。


「だからだ。この手は、このままの方が良い。余計な虫が寄ってこないようにな。」


私の手をキュッと包み込むシュラ様の大きな手。
その手が与えてくれる安心感、そして、伝わる温もり。
先程、遠いと思った距離感が、手と手を触れ合わせた事で、一気に縮まったかのような感覚。
刹那、シュラ様と私の間を吹き抜けた風は、ホンの少しの冷たさを含み、そっと首筋をさらっていった。





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