10.五日目



翌朝。
私はダイニングのドアの横で、息を潜めて待機していた。
右手にはバネが伸びて使わなくなってしまった古いパスタ用トング。
左手には小さな籠と、固く絞った濡れ布巾。
これは磨羯宮に移って三日目から始めた、私の朝の日課というか、ある意味、臨戦態勢だった。


――バタンッ、ドスドスドス……!


ドアの向こう側から聞こえてきた派手な足音と、バサッバサッと何かを脱ぎ捨てるような音に続き、ベチャッというトマトでも落としたような濡れた音が、ジッと凝らしていた私の耳に届く。
そして、次第に遠ざかる足音と、バタンッとドアが閉まる音を確認してから、恐る恐るダイニングのドアから顔を出してリビングの様子を探った。


人気のないリビングには、相変わらず汗にぐっしょりと濡れた衣服が、リビングの入口から始まり奥の廊下へと続くドアに向かって、床に点々と脱ぎ捨てられている。
私は毎朝の事とはいえ小さな溜息を吐きながら、それらを手にしていたトング摘んで籠の中に放り込んだ。


まるでシュラ様が歩いた後にゴミの山が累々と積み上がっていくのではないかと思える程、彼が居た場所・通った場所には何かしらの汚した痕跡が残る。
これがサスペンスドラマなら、犯人は一目瞭然だわ。
彼の脳内には『片付ける』って言葉が存在しないのだもの。
そんな事を考えながら、床に残った最後の一枚――、黒いボクサーパンツを摘んで籠に入れると、私は汗の跡が残った床を濡れ布巾で拭った。


最初にこの状態を発見した朝こそ、「拾ってください。」と私が頼んだからシュラ様自身が洗濯機まで持っていってくれたけど、翌朝、蓋を開けてみれば結局、また同じ状態。
早朝トレーニングを終えた後、汗に濡れた服を脱ぎ捨てながらシャワー室に向かうのは、何をどう言っても治らない癖と言うか、性質なのだ。
諦めた私は、こうして使っていなかったトングを有効利用する事で、下着を含む汗濡れの服一式を洗濯機まで運ぶ事にした。


「全く……。良くこんな状態で従者も女官も雇わずに、今まで過ごしてこれたわよね。」


溜息と共に汚れた衣服を洗濯機の中に放り込み、洗剤を入れて洗濯開始ボタンを押す。
ゴウンゴウンと勢い良く回った後、これまた勢い良く注がれ始めた水の音。
そして、私はそれとはまた別に、ザーッと勢い良く流れ落ちる水音が聞こえてくる方向へと視線を送った。


打ち付けるシャワーの音と、曇り硝子にぼんやりと映るシュラ様のシルエット。
その影だけでも妙な色気を感じてしまうのは、その均整の取れた見事なスタイルのせいか、それとも私の個人的な好意のせいか。
扉の向こうのシルエットにすら、いや、シルエットだからこそ余計にドキドキとしてしまう。


いやいや、そんな事を思って見ている場合じゃないわ。
シュラ様が浴室から出てくる前に、ココから退散しなきゃね。
そう思って、クルリと背を向けたその時……。


――パタンッ!


「え……?」


軽やかに響いた扉の音に、思わず振り返ってしまった私が馬鹿だった。
そう、そこに立っていたのは当たり前にシュラ様で。
そして――。


「ん、アンヌ?」


浴びたシャワーの水滴と浴室から流れ出てきた湯煙以外は何も纏っていないシュラ様の姿を、至近距離から見てしまった私は、刹那、全身が硬直した。
だが、その半瞬後、目を見開いてコチラを見ているシュラ様と目が合い……。


「いっ……、き、きゃあぁぁぁっ!!!」


目が合った途端に口を付いて出た絶叫と同時に、『バチン!』という派手な音が磨羯宮中に響き渡った。





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