夜の風が心地良い。
夕食後、テラスへと出た私は、真上に広がる星空を眺めていた。
そこに昼間の暴力的な暑さは微塵も残っておらず、吹き抜けていく風は柔らかで暖かい。
街灯の極端に少ない聖域だからこそ、目映く煌めいて見える星々に、感嘆の溜息を漏らす。
もう直ぐシュラ様が戻ってくると思うと、それだけで心までも軽かった。
私ってば、こんなに現金だったかしら?


「……オーイ、アンヌ! 居るかぁ?」


部屋の中から聞こえてきたのは、デスマスク様の声。
漸くサガ様の仕事攻撃から解放されて、自宮へと戻る途中に寄ったのだろう。
私は急ぎ、部屋の中へと戻った。


「お疲れ様です、デスマスク様。良かったですね、日付が変わる前に、サガ様から解放されたようで。」
「オウ。あんな状態だったンで、ぜってー朝までコースじゃねぇかと、覚悟してたンだがな。」
「あんな様子?」
「目の下に黒々としたクマ。で、バカの一つ覚えみてぇな苦笑いを貼り付けて、ヘラヘラしながら光速で書類の処理してやがったからな。ありゃ、相当に追い詰められてただろ。」


そ、そこまで追い込まれたサガ様から、良く逃れられましたね、デスマスク様……。
まさか、隙を見て脱走してきたとか……。


「オマエねぇ。いくら俺でも、そこまでしねぇっての。サガ相手じゃ、後の報復も怖ぇしな。」
「デスマスク様でも、怖いものがあるのですね。」
「あ? なンか言ったか、テメェ?」


鋭く睨み付けてくる視線に、私は慌てて両手をブンブンと振った。
これ以上、反論などすれば、間違いなく執拗に絡んでくるのが、この人なのだ。
適当に受け流さなければ、ネチネチと本当に面倒臭い。
などと考えている間に、デスマスク様が手に持っていた紙袋に、自然と視線が向いた。
持ち帰りの書類が入っている割には、随分と軽そうだ。
何か別のものなのだろうか?


「コレか? コレはオマエに持ってきたンだよ。」
「私に?」


差し出された紙袋を受け取り、中を覗き込む。
そこには見事に咲き誇る真っ白な薔薇と、真っ白な百合が数本、束ねられて入っていた。
白い花、薔薇と百合。
これって、もしかして……。


「明日、親の月命日だろ。コレ持って、墓参りに行ってこい。それに明日の午前中は曇りらしいからな。」
「デスマスク様……。」
「オマエの事だ。忙しいだの何だのと理由を付けて、シュラとデキてから、墓参りにも行ってねぇンだろ? 折角の機会だ。何があったか、ちゃーんとオヤジさん達に報告しに行け。」


何処まで気が回るのだろう、この人は。
その提案も勿論だけれど、私の両親の月命日まで覚えていてくれたのには驚いた。
シュラ様と共に訪れるよりも、まず自分一人でジックリと話してこいと、彼はそう言いたいのだ。
貴方達の仇を討ってくれた人と、私は共に暮らすようになりました、と。


「あの……、ありがとうございます。」
「それはアフロディーテんトコの女官に頼んで、分けてもらった。礼なら、後でソッチに言え。」


そう言って、ロクに私の顔も見ないまま、デスマスク様は帰ってしまった。
白薔薇は父が好きだった花、白百合は母が好きだった花。
両親の墓参りでは、いつもこの二種の花を供えていた事、デスマスク様は知っていて、だから、わざわざ双魚宮で、この花を貰ってきてくれたのだ。
口の悪さに隠れて気付かれない事も多いけれど、彼は誰よりも気遣いが深い人。
礼は双魚宮の女官の子にって言っていたけれど、ちゃんとデスマスク様にもお礼をしなきゃね。
袋の中の花束を、そっと取り出し、私は一人、小さく微笑んだ。





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