ついでとはいえ、ココまで送ってくださったお礼をさせてください。
そう言って、私はアイオロス様を部屋に招き入れ、自分はキッチンで午前中に焼いたばかりのパウンドケーキを包んだ。
搾ったオレンジの果汁とドライマンゴーを使った夏らしいケーキは、我ながら上手く出来たと思っていたので、こうして誰かに味わってもらえるのは嬉しい。
しっとり感を出すために、明日までは食べないでくださいねと伝えて、アイオロス様に紙袋を渡すと、彼はニッコリと爽やかでいながら色気の混じる笑みを浮かべ、それを受け取った。


「お礼をしなければならないのは、寧ろ、俺の方なんだけどね。」
「え?」
「アイオリア達の事だよ。キミのお陰で色々と丸く収まった。感謝している。」
「いえ、私は何も……。」


そもそも私などがどうこうしなくても、あの二人は結ばれる運命だったのだと思う。
それが長い回り道を通っていくか、そうじゃなかったのかの違いだけで。


「でも、そこが問題だったんだよ。もし長い回り道となってたとしたら、彼女にとっては苦痛以外の何物でもなかっただろうから。前にも言っただろう。この聖域は、外から来た者、しかも、彼女のようなアジアの人間が平然と暮らしていける程には安寧とした場所じゃないって。」
「それはそうですが……。」


アイオロス様が、いつも心配していたのは、まさにその事だった。
鬼神の脅威を打ち破った今でこそ、歩美さんを警戒する人物は減っただろう。
だけど、問題の本質は別にある。
閉鎖的な場所故に起こる、時代錯誤の人種差別と、外界の人間への警戒心。
そして、十三年前の出来事から連綿と続く、アイオリア様を快く思っていなかった人達による、未だ拭えぬ不信感。
それ等が相成って、歩美さんへと一気に襲い掛かる危険性の高さ。


アイオリア様自身には、自分に降り懸かる火の粉を払い除けるだけの強さがあるとはいえ、歩美さんは聖域の事を、まだ半分も理解出来ていない一般人なのだ。
もし、アイオリア様との不仲が、ずっと続いているようであれば、庇護してくれる人もおらず、危険と隣り合わせで暮らしていかねばならなかっただろう。


「あの頑固なアイオリアの気持ちを、ちゃんと彼女と向き合わせてくれた。それはアンヌ、キミの努力の賜物だろう。キミが間に入っていなければ、あの二人は、きっと今でも気まずいままだったんじゃないかな。」
「私……、お役に立てたのでしょうか?」
「あぁ。大手柄だったと思うね。本当にありがとう。」


そう言って、ポンと私の肩を叩き、背を向けたアイオロス様。
ドアへと数歩、向かって、だが、その足をピタリと止めると、クルリとこちらを振り返った。


「言い忘れていた。二日後には、シュラが戻ってくる。」
「え、シュラ様が?」


それは何より嬉しい知らせだった。
戻ってくるという事は、何事もなく、怪我もなく、任務を終えたという事。
いや、まだ楽観は出来ない。
怪我をしている可能性は捨て切れないし、相手が神話クラスの化物ならば尚更だ。


「大丈夫、怪我はないそうだ。今は後処理に追われているみたいだけどね。残りの業務を現地調査員に引き継いだら、直ぐに帰還するそうだよ。」
「そうですか。良かった……。」


シュラ様の身の安全が、私にとって何よりの心配事で不安事。
彼が無事に戻って来てくれると知っただけで、こんなにも心が軽く、穏やかになるなんて。
ホッと安堵の息を吐いた私を見て、アイオロス様は再びニコリと笑うと、軽やかに部屋を出て行った。





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