随分と長居をしてしまった。
歩美さんとのお喋りは尽きなくて、他愛のない事、下らない事も含めて、色んな話をした。
彼女のお世話は、教皇宮付きの三人の女官が交代で行っていたけれど、彼女達は英語が余り得意ではない。
勿論、日本語だって話せない。
日常会話にも飢えていた歩美さんにとって、私は唯一、何でも話せる女友達という立ち位置なのだ。


そんな訳で、歩美さんの部屋を出た時には、もう夕方の四時だった。
だが、教皇宮の入口から外の様子を見下ろせば、空は青々としていて、まだ暮れるには早い。
その上、気温も昼間と比べて殆ど下がっていない。
今、この階段を下りていけば、双魚宮に辿り着く前に倒れてしまうだろう事は目に見えていた。


どうしよう、これでは磨羯宮に戻れないわ……。
そういえば、帰りの事を何も考えていなかった。
行きはデスマスク様が連れてきてくれたから良かったものの、彼は今、まだ執務の真っ最中。
連れ帰って欲しいなどと言い出せば、どんな文句を並べて、先々までネチネチグチグチと言われ続けるか分かったものじゃない。


「……どうした、アンヌ? こんなところで。」
「っ?! アイオロス様。」
「あぁ、そうか。この天気で帰れなくなって、困っていたのかな?」
「恥ずかしながら、仰る通りです……。」


背後から掛かった声は、偶然、通り掛かったアイオロス様だった。
彼は眩しいくらいの爽やか笑顔全開でハハハと笑い、だったら自分が磨羯宮まで連れてってあげるよと、そう提案してくださった。
それは本当に嬉しい提案ではあったのだが、一方で、教皇補佐であるアイオロス様の手を二度までも煩わせるのは気が引けてしまう。


「気にする事はない。俺は自分の宮に戻るところだし、磨羯宮は通り道なんだから。」
「ですが……。」
「まさか、デスマスクの執務が終わるまで待っているつもりか? アイツはサガに取っ捕まっていたから、下手したら明日の朝まで帰れないかもよ。」


そ、それは困ります……。
デスマスク様が朝まで教皇宮に拘束となれば、私はあと数時間、自力で帰宅出来る夜の時間帯になるまで待つしかないのだ。
外が暗くなり、気温が下がる時間まで、ずっと。


「さぁ、行こうか、アンヌ。」
「すみません、宜しくお願いします……。」


抱き上げられて直ぐ、風が踊る。
覚悟を決め、心を落ち着かせる間もなく疾風の渦に飲まれ、強い圧力に押し潰されそうになる。
身体が捻じ曲がった空間に飲まれたような感覚。
だが、苦しいと思うよりも前に、私はアイオロス様の腕の中から下ろされていた。
一瞬の間に、教皇宮から磨羯宮まで駆け下りていたのだ。
グラリ、バランスを欠いてよろめく身体。


「お? 大丈夫か?」
「あ、はい。何とか……。」
「スマンスマン。どうにも、こういうのは慣れてなくて、少し飛ばし過ぎたな。気を付けるよ。」


慣れない?
アイオロス様、こんな風に恋人さんを横抱きにして移動した事とかないのだろうか?


「彼女、すっかり俺の速さに慣れてしまったみたいでね。いつも『もっと早く!』なんて催促するから、俺も感覚がおかしくなってるんだよ。ははっ。」
「はぁ……。」


なる程、そういう事でしたか。
でも、意外だった。
アイオロス様の恋人さんは物静かでおしとやかな人だと思っていたから、そういった無邪気な面があるのだと知って、人は見掛けによらないものなのだと改めて思った。





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