「アイオリア様、今、お戻りですか?」
「……あぁ。」
「夕食がまだでしたら、良ければ中でどうですか? 直ぐに用意出来ますが。」
「……いや、遠慮しておくよ。」


一瞬、返答までに間があったところを見るに、まだ夕食は済んでいないのだろう。
だが、僅かに迷いを見せはしたものの、それでも彼はキッパリと私の提案を断った。


理由は、直ぐに分かった。
ドアを開けた直後には、何処か切なさの滲む微妙な表情をしていたアイオリア様だけれど。
遠慮すると口にした刹那、その顔付きは真剣でいて、決意に溢れたものに変わったから。
八の字に下がっていた眉も、それと同時に、キリッとした強さを表す、いつものアイオリア様らしい眉に戻っていた。


「少し外に出ないか? 風に当たりながら、話をしたいのだが。」
「分かりました。少しお待ちください。」


踵を返した私は、部屋に戻ってカーディガンを羽織ると、急ぎ外へと向かった。
アテネ市街と比較して、標高の遥かに高い場所にある聖域は、夏の間でも夜になると肌寒い。
両肩も腕も胸元も露わな女官服では、身体を冷やしてしまうかもしれない。


扉を出ると、アイオリア様は人馬宮側の出口に向かって、ゆっくりと歩を進めていた。
その大きな背中を目掛けて小走りに近付き、彼の横に並ぶ。
耳に届くのは、コツコツと響く二人分の足音だけ。
宮外に出るまでは、無言が続いた。


一歩、宮の外に出れば、そこは満天の星空に覆われていた。
降ってきそうな星の数々。
灯りが少なく、空気の澄んでいる聖域ならではの圧倒的な夜空だ。
私は数分、無言で自然の天体ショーを眺め、それから、ゆっくりと口を開いた。


「今夜は星が綺麗ですね。」
「あぁ、そうだな。ここのところ雨続きで、星が姿を見せる隙もなかった。」
「待ちに待ったと言うところでしょうか。昼の曇り空が嘘のようです。」


それまで、私と同じように空を見上げていたアイオリア様が、驚いた顔でコチラを見下ろした。
何をそんなに驚く事があるのかと、私は小さく首を傾げる。


「曇り空? 昼間は晴れていただろう。それでカミュがアンヌを迎えに行ったんだ。メールボーイに言伝を頼んで呼ぶ方法もあったが、それでは日光に弱い君は、教皇宮まで上って来られないだろうからな。」
「その時は晴れていましたが、その後、ココに戻る時には曇っていたんです。なので、一人で歩いて戻れました。」


多分、その頃のアイオリア様は、歩美さんの日記を真剣に読んでいたか、若しくは、彼女と話し合いをしている真っ最中だったか。
いずれにしても、窓の外の天気に目を向けられるような状況ではなかっただろう。
空が曇っていた事に気付かなくても、それは当然の事だ。


「それで、歩美さんとは……。」


どうなったのですか?
そう尋ねようとして、何故か途中で言葉を飲んでしまった。
聞きたい好奇心と、聞くべきではないとの自制心が、心の中でせめぎ合い、不思議と喉にブレーキが掛かってしまう。
といっても、ここまで声に出して言ってしまったのだから、途中で止めても意味はなかったのだけれど。


「分かっている。悪いのは全部、俺だ。俺の曖昧さが彼女を苦しめ、君を困惑させてしまった。デスマスクに言われるまでもない。男として情けない限りだ。」
「アイオリア様……。」


自分を責め、声のトーンを落とすアイオリア様。
心配になって、その横顔を見上げた私に、だが、彼は口元に小さくフッと笑みを浮かべてみせた。





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