それから。
夕方から夜と、家事をこなしながらも、ボンヤリとして過ごした私。
あの後、アイオリア様と歩美さんは、どうなったのかしら。
気になるのは、その事ばかり。
ここまで来てしまえば、後は本人達の意識次第だとは分かっていても、これまでずっとアレやコレやと手を貸してきた分、お節介な世話焼き心が治まらないのも、また事実。
私は何度となく窓から教皇宮の方角を眺め、ソワソワと過ごした。


ただ一度だけ、意識が完全に彼等の事から飛んだ瞬間があったには、あったのだけれど。
シュラ様の残していった昨日までの衣服を洗濯し、乾いて取り込んだものにアイロンを掛けて、さぁ、全部片付けてしまいましょうと、クローゼットの中の引き出しを開けた時だった。


「きゃっ! な、ななな、何で?! パンツが増えてる?!」


私が先日、シュラ様にプレゼントした『ノブナガ』パンツ。
日本の侍、織田信長とかいう人の顔が印刷されたボクサーパンツが、何と驚く事に、いつの間にか増殖していたのだ。
一、二、三……、全部で五枚も。


しかし繁々と眺めてみれば、どれも少しずつ身に着けている衣服、というか、鎧(後にデスマスク様が甲冑というものだと教えてくれた)みたいなものが違っているように思える。
更に、もっと良く見れば、明らかに顔も違う。
引き出しから恐る恐る一枚を取り出し、そこに書いてあるローマ字を読んで、それ等が別人だとハッキリ分かった。


「えっと、この人は……、マ、サ、マサムネ? 眼帯をしている、隻眼なのね。こっちはモトナリ? この坊主頭の人はシンゲン。で、これがケンシン。最後の一枚がトシイエね。」


流石に、これだけ揃うと圧巻。
というよりも、こんなものが入っている事を知らず、何の心構えもない状態で引き出しを開けてしまったなら、正直、吃驚を通り越して、恐怖以外の何物でもない。
侍だけあって皆、眼光鋭く、表情も厳しく、しかも、御丁寧に顔が上を向くように畳んで仕舞ってあるため、開けた瞬間、六人もの武将に鋭く睨み上げられるのだもの。


普段、ズボラな癖に、妙なところだけキッチリしているんだから、シュラ様ってば、もう。
その境界が何処なのか、本人以外には、まるで判別がつかないのだから困りものだわ。
しかも、いつの間に、これだけのパンツを買い足したのだろう。
任務で外に出た時に、アテネ市街に寄って、購入したに違いないけれど。
すっかり侍パンツの虜になっているシュラ様って、一体……。


なんて、まぁ、そんな話は、どうでも良いとして。


そんな下らない事に心乱された瞬間もあるにはあったが、アイオリア様と歩美さんの事を考えていた時間に比べれば、ホンの些細な時に過ぎない。
それからは、モヤモヤしながら宮費の帳簿付けをし、モヤモヤとしながら夕食の準備をし。
心ここに在らずとばかりにボンヤリと食事を済ませ。
夕食の後片付けも終えて、ソファーでホッと一息、食後のお茶を啜りつつ、それでも、まだ二人の事に思いを馳せていた。


――カタンッ。


「夜分遅くすまない。アンヌ、居るか?」
「は、はいっ! 今、開けます!」


プライベートルームの入口から聞こえた、私を呼ぶ声。
慌てて飛び出していった私が扉を開くと、両眉を八の時に下げ、何とも言えない表情を凛々しい顔に貼り付けたアイオリア様が、そこに立っていた。





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