「あ、あの……、これを……。」


私は慌てて女官服のポケットの中を探った。
そこに入ったままになっていた『あるもの』が指先に触れると、それを握り締めて取り出し、引き寄せたアイオリア様の手の上に、そっと置いた。


「これは……。」
「はい。お守りです、歩美さんの。」


歩美さんが怪我をした足に、ずっと装着していた銀の羽根のお守り。
出会った遺跡で、アイオリア様が彼女に渡したものだった。
歩美さんは、それを大切に大切に持っていた。
獅子宮から姿を消す直前まで。


「歩美さんは言っていました。これを身に着けていると、悪い事が直ぐに消えてなくなるお守りだ。そうアイオリア様から言われて、渡されたって。お守りという事は、神様の力が籠められているんですよね。アテナ様とは違う神様とはいえ、その力があれば、歩美さんの心を覆う強固な壁を越えられるのではないのでしょうか。」
「成る程、悪い事を消し去る、神の力の宿るお守り。しかも、アイオリアと彼女を密接に繋ぐアイテムだ。媒介としては、これ以上ないものと言えるな。」


アイオリア様の手の上の、羽根の形をしたお守りを覗き込みながら、アイオロス様もウンウンと頷く。
その羽根のお守りをギュッと握り締め、アイオリア様は歩美さんの方へと向き直った。


「さぁ、再開しましょう。」
「あぁ……。」


ムウ様に促され、再び歩美さんの手を取って、握り締めるアイオリア様。
その手と歩美さんの手の間に、羽根のお守りを挟み込んで。
あのお守りが、歩美さんの心を開く鍵になってくれれば……。
私は祈りながら、部屋の端でグッと息を潜め、成り行きを見守った。


「……頼む。目覚めてくれ。」


心の中で強く願う想いが、声に出てしまったのだろう。
苦しげに吐き出されたアイオリア様の呟きが、狭い仮眠室の中に響いた。
彼女の心に働きかけようと高まる小宇宙が渦を巻き、ベッド脇に設えられたベッドライトが、小さくカタカタと揺れる。
小宇宙の高まりに応じて、フワリと浮き上がったアイオリア様の短い髪も揺れ動き、目に見えぬ場所での緊迫した力のせめぎ合いが、外から眺めているだけの私にもジリジリと伝わってきていた。


「くっ……、歩美っ!」
「アイオリアッ! 越えるぞ!」
「そのまま集中していてください!」


カッと何かが強烈に光り、弾けたような気がした。
目には見えないけれど、そう映って見えたのだ。
それは歩美さんの心を覆っていた堅い防御の壁だったのだろう。
アイオリア様の小宇宙に乗せた願いと祈りが、彼女の心の壁を弾き飛ばした。
そうと断定したのは、先程と違い、アイオリア様達がホウッと深い息を吐いたから。
終わったのだ、そう思った。


「……歩美?」
「ん……、んん……。」
「俺が分かるか?」
「……アイオ、リア?」
「良かった……。本当に良かった……。」


薄く瞼を開いた歩美さんを見下ろし、アイオリア様の唇からは安堵の声が漏れる。
そして、汗に湿った彼女の前髪をクシャリと軽く撫でた後、また、その手を取って強く握り締めた。
それからは特に何の言葉を掛けるでもなく無言だったのだが、今の二人には言葉などいらない。
疲労困憊の状態で、直ぐには身体を起こせそうにない歩美さんだったが、アイオリア様の姿を見留めると、穏やかに微笑んで見せたのだから。
それだけで、きっと十分なのだと思えた。





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