まさか、あの化物。
泉の水の中へ、逃げ込んでしまう気では?!
そう思った私の心を読んだのか、目の前のムウ様が、背中を向けたままでフルフルと首を横に振った。
勿論、視線は眼下で繰り広げられている戦闘から、一切、逸らす事はない。


「逃亡など出来ない事くらい、あの鬼神にも分かっている筈。ただ単に力を欲しての行動でしょう。あれはアテナの禊ぎの泉。水を好む化け物ならば、触れるだけでも膨大な力の源になると思います。」
「そんなっ……。」


歩美さんの身体から、鬼神を切り離せたところまでは良かった。
ずっと続いていた天候不良が収まり、今は青空が広がっている事も運が良かった。
鬼神は弱り、実体を得られず、更には憑代に戻る事も出来ない現状。
だけど、再び力を得られては、例え黄金聖闘士である彼等の力であっても、敵うとは限らない。


それまでカミュ様の凍気で塞がれていた泉の水面。
だが、もうカミュ様は限界を迎えている。
泉の水を、鬼神に触れさせないための手立ては、もうない。


自身の真上に異空間への入口を開いていたサガ様が、慌ててそれを閉じ、泉の上へ別の入口を開こうと試みた。
だが、何もない上空と違い、泉の周辺には力尽きた仲間達が倒れ込んでいる。
膝を着くデスマスク様、荒い呼吸を吐くカミュ様、そして、歩美さんを抱えたアイオリア様。
視界に飛び込んだ彼等の姿が、サガ様の判断を鈍らせたのか。
僅かの逡巡。
それが、一瞬の間となり、化物に優位な隙を生んでしまった。


いけない、これでは……!
その場に居る誰もが、そう思った刹那――。


――バリバリバリッ!


耳をつんざく轟音。
空気を震わせ、視界を揺らめかせる、この技は……。


「水と電気は相性が悪いと聞く。鬼神といえど、ここに飛び込む勇気があるか? 力を再生するどころか、返って失うばかりだぞ。」
「アイオリアッ!」


禊ぎの泉の上に、雷(イカズチ)の膜が張り巡らされている。
この力は他の誰でもない、アイオリア様のもの。
電力を与えられた水は、死を呼ぶ程に危険な状態だ。
そして、鋭く光る雷は、神の力をも抑え込み、実体のない魂だけであっても、捕縛する事が可能となる。
まさに、これはアイオリア様にしか出来ない対処法だった。


「最後の一撃を食らわせる事が出来んのは悔しいが、歩美から離れた今なら、こうして攻撃も出来る。たった一発でも、お見舞い出来るだけでも良しとすべきか。」


――グオオォォォォッ!


「食らえ、化物っ! ライトニングボルトッ!」


容赦なく放たれたライトニングボルトが、真っ直ぐに鬼神の半透明な身体へと捻り込まれた。
バリバリと空気を切り裂く音を立てて、鬼神の身体に纏わり付く大量の雷。
苦悶の雄叫びを上げて、後方へと激しく飛ばされた鬼神は、反撃の体勢を整える事も出来ずに、そこに待ち構えていたサガ様の方へと引き寄せられていった。


「これが本当の最後だ。もう二度と、この世に現れるな、鬼神よ! アナザーディメンション!!」


――バシュッ!!


歪んだ空間が開き、化物が飲み込まれていく。
どんなにもがこうとも、抵抗は無意味。
そして、本体が歪みの中へと飲み込まれると同時、シュラ様達が拳を振るっていた分身――、分裂し、小さなアメンボの姿となった大量の分身達も、本体に引き寄せられるように、異空間の中へと引き摺り込まれていった。





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