「……終わった、か?」
「あぁ、終わった。もう鬼神による驚異はない。彼女も、無事のようだ。良かった……。」


サガ様が、アイオリア様の腕の中にいる歩美さんを見遣る。
未だ深く目を閉じたままの彼女が、本当に無事であるのかは、私のいる場所からは遠過ぎて判断が出来なかった。
だが、サガ様がそう言っているのだから、間違いなく無事なのだろう。
見た目に怪我はなさそうだし、後は目が覚めるのを待つだけ。


「分身共も、全て消えた。」
「皆、無事か? 誰も怪我はないか?」


少しだけ離れたところで、鬼神の分身達を食い止めていたシュラ様とアルデバラン様が、アイオリア様を中心とする輪の中に加わった。
皆、一様にアイオリア様の腕の中を覗き込むのは、何だかんだ言っていても、やはり歩美さんの事が心配だったからだろう。


「無事なワケねぇだろ。こちとら急に呼び出されて、真っ向から化けモンと対峙させられたンだぜ? オマケに指の骨バッキバキになっちまったし。俺は暫く休ませてもらうからな。任務なンて行かねぇぞ。」
「私も少し無理をし過ぎたようだ。すまないが肩を貸してくれ、アルデバラン。」


未だ両手を地面に着いたまま肩で息をするカミュ様に呼ばれ、アルデバラン様がすかさず駆け寄り、肩を貸した。
一方、延々と悪態を吐き続けるデスマスク様には、小さな溜息を零しながらも、シュラ様が肩を貸す。
横のサガ様も苦笑いを浮かべてはいるが、デスマスク様の悪言を注意する事はなかった。
今回、誰よりも身体を張って敵に立ち向かったのだから、好きなだけ言わせてやれとの思いなのだろう。


「アンヌ、私達も下に降りましょう。」
「は、はい。」


返事をするが早いか、ムウ様に横抱きにされて、宙を舞った。
相手がシュラ様でさえ、横抱きされるのは慣れないのに、それがムウ様から横抱きされるだなんてと、焦る私。
だが、恥ずかしさを感じる間もなく、瞬きの一瞬で、彼等の集まる泉の脇へと辿り着いていて。
私はフワリと優しく地面へと下ろされていた。


現場に降り立てば、それまで感じていた色んな思いの何もかもを忘れて、アイオリア様の腕の中で気を失っている歩美さんへと、気持ちも視線も一直線に向かってしまう。
ただ彼女が無事であって欲しい。
怪我の一つもなく、気を失っているだけであって欲しい。
願いながら、アイオリア様の横に跪き、蒼白な歩美さんの頬に手を伸ばした。


ヒヤリと冷たい頬に、胸がジクリと痛む。
首に触れ、脈を確かめる。
大丈夫、正常だわ。
耳を近付け、呼吸の乱れもないと分かると、ホッと安堵の息が漏れた。
目視での確認では、外傷も見えない。
心配なのは、水と氷の冷たさによる低体温症だ。


「これ以上、身体が冷えてしまうのが心配です。濡れた身体を覆うものが、何かあれば良いのですが……。」
「ならば、これを使ってくれ。」
「……え?」


歩美さんを抱いたまま、スッと左肩を下げたアイオリア様。
その肩の向こうに揺れているのは、黄金聖闘士の象徴でもある真っ白なマント。
これを使ってくれという意味なのだろうが、それには流石に躊躇いを覚えてしまう。
あのズボラなシュラ様が、聖衣とマントだけは、自分でキッチリと手入れしているのを、日々、見ているから。
このマントも、黄金聖闘士としては大事なものの筈。


「構わん。歩美の身体が最優先だ。使ってくれ。」
「は、はい……。」


恐る恐るアイオリア様の背からマントを外し、それで歩美さんの身体をフワリと覆った。
でも、それだけでは足りない気がして、私は自分が羽織っていたカーディガンを脱ぐと、濡れたままの彼女の顔と、それから髪を軽く拭った。
摩擦熱のためか、少しだけ赤みを取り戻した歩美さんの顔色に、ホッとした私だった。



→第5話に続く


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