――ビッ、ビシビシビシッ!


それは空気が震えた音だったのか、デスマスク様の指の骨が砕ける音だったのかは分からない。
だけど、その音をきっかけに、苦悶に顔を歪ませたデスマスク様が、絶叫にも似た雄叫びを上げた。
そして、最高潮に高まったデスマスク様の小宇宙が巨大な光の輪になって、鬼神へと放たれる。


あれが……、あれさえ決まれば……。
ムウ様の背後から祈るように見ていた私は、その時まで、息をする事さえも忘れていた。


――ビシ、ビシ、ビシイッ!
――ウオアァァァァァァッ!


それは、本当に瞬きの如く一瞬の出来事だった。
歩美さんの身体から離れ、細い糸状の生命線で繋がっていた鬼神の半透明な身体が、後方へと激しく吹っ飛ばされたのだ。
ブツリと、それが切れる音までも聞こえてきたような気がした。


「っ?! 離れたかっ?!」
「良しっ! 後は任せろっ!」


歩美さんの身体と鬼神とを繋ぐ魂の糸が、バチリと切れたのと。
デスマスク様がガクリと膝を折って、その場に崩れ落ちたのと。
カミュ様の腕から発せられていた凍気が、ピタリと止んだのと。
それが全て同時の出来事だった。


そして、瞬きすら許されない、その刹那の間。
何が起こっているのかを頭が理解する、その前に、次の展開へと場面が流れていく。
聖闘士の闘いは光の速度で進む。
まさに、それを今、目の前に見ているのだ。


デスマスク様の後を受けたサガ様によって、禊ぎの泉の上空に歪んだ空間が開いた。
歩美さんの身体は、ゆっくりと後方へと崩れていき、カミュ様から注がれる凍気を失ってバキバキと割れ始めた水面へと向けて、倒れ込んでいくのが、まるでスローモーションのように緩慢に見えている。
危ない!
このままでは、割れた氷に巻き込まれ、荒れて波立つ泉の中へと引き込まれてしまう。


そう思うが早いか、歩美さんの身体は光の塊に掻き抱かれて、泉の外側へと運び出されていた。
アイオリア様だ。
寸でのところで彼女を抱き上げたアイオリア様が、氷と水に飲まれる前に、そこから救い出した。
歩美さんを助け出すという彼にしか出来ない役割を、やっと果たしたのだ。


「この化物めが! 二度と戻れないよう、次元の彼方にある異空間へと飛ばしてくれる! アナザーディメンションッ!!」


あれが空間を操るというサガ様の技……。
私の理解の範囲を超えた、あまりに巨大なスケールの技に、凄いと思うよりも前に、呆然と、ただ呆然としてしまう。
こんな事が出来てしまうなんて……、黄金聖闘士というのは何という圧倒的な強さを持っているのだろう。
彼等は人知を超えに超えた存在なのだわ。
本当に『人』の為せる業なのかと疑ってしまう程に。


メリメリと大地が揺れ、ただ一点、憑代を失い魂だけとなった鬼神の身体を、強い力で引き込んでいく。
後は、あの歪んだ異空間に、あの化物を飲み込んでしまえば、全てが終わる。
そう思ったのも束の間。
化物の姿をしていても、流石は神というべきか。
最後の足掻きを見せた鬼神は、異空間へと引き込むサガ様の力を振り切って、目の前の禊ぎの泉へと、その透明な身体で突進していった。





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