サガ様の声は低く静かだが、良く透る。
落ち着いていて威厳のある声色は、相手が誰であろうと、口を噤ませる力を持っていた。


「アイオロスの気持ちも分かる。あのような化け物を、この聖域内部に野放しにしておくのは危険だ。だが、一般人が一人、囚われている事を考慮すれば、やはりアイオリアの方が正しかったと言えるだろう。」
「しかし、サガ……。」


何か言い掛けたアイオロス様を手で制し、サガ様がゆっくりと歩を進める。
寄り掛かっていた壁から離れると、アイオロス様とアイオリア様の間に仁王立ちし、向かい合う二人を見下ろした。
眉を寄せ、ずっと険しい表情のままのアイオリア様と、そんな彼を鋭い眼差しで見遣るアイオロス様。
どちらもサガ様の方へは、チラとも視線を送らない。


「デスマスクかシャカが、聖域に居れば良かったのだがな……。」
「そんな事は分かっている。だが、いつも彼等が居るとは限らん。だからこそ、今、残っている者だけで何とかする方法を考えねばならなかった。違うか、サガ?」
「違いはしない。しかし、手遅れになるシチュエーションでもなかった筈。ならば、デスマスクを呼び戻してから、攻略する方が確実だ。」


本当に、そうと言えるのか?
サガ様の意見を受けて、ボソリと零したアイオロス様は、不機嫌そうに顔を逸らした。
確かに、アイオロス様の意見にも一理ある。
デスマスク様を呼び戻そうとしたところで、もし彼が何らかの事情で身動き出来ない状況下にあったとしたなら、どうだろう。
シャカ様もアテナ様の護衛に当たっているのだから、別の誰かが交代で護衛に向かうとしても、その間に、完全に手遅れになってしまう可能性だって捨て切れないのだ。


「確実な事など何一つない。ならば、出来る事は、やっておくべきだったと俺は思う。俺の射る矢なら、相手が精神体であっても、攻撃は有効だ。アレと彼女を分離するまでは出来ずとも、ダメージを負わせる程度は出来た筈。なのに、何もしなかったというのは、明らかに俺達の失態だ。」
「だが、鬼神の受ける攻撃は、全て歩美に降り懸かる。それで鬼神に傷を与えられるなら兎も角、誤って彼女自身に当たっていたら、どうなっていたと思っているんだ?!」


そして、また堂々巡りだ。
戦闘にすら持ち込めなかった不甲斐無さを攻めるアイオロス様と、歩美さんを無傷で助ける事を最優先とするアイオリア様の、真っ向からの対立。
アイオロス様の主張は、確実に鬼神に攻撃を当てられるならの話。
だが、あの状況では、確実性は極めて低かった。
アイオリア様が激昂する理由は、そこにある。


「アイオロス、アイオリア。過ぎてしまった事を、どうのこうのと言っても、もう遅い。今は互いを責めている時ではない筈です。兎に角、この先の対処法を考えましょう。サガ、どうですか?」
「あ、あぁ、そうだな。ムウの言う通りだ。」


サガ様が間に入っても尚、兄弟同士の言い争いは止まりそうもなかった。
故に、これ以上、何が正しかったのかなどと議論しても無駄だと見限るべきだ。
促すムウ様の言葉に、サガ様もホッと息を漏らして頷く。
今、必要なのは、これから先の対策を話し合う事。


「デスマスクは確か、休暇中だったな。連絡は取れたのか、シュラ? 奴は今、何処にいる?」
「日本だ。連絡も取れている。だが、アイツらしくゴネてな。」


最高潮に渋い表情をして話すシュラ様に、皆の視線が集まった。
デスマスク様は恋人さんを連れ戻す最後の機会だと意気込んで、日本へと向かった。
それが成就しないままに帰還しろと言われても、あの人の性格を思えば、ゴネるのも頷ける。


「馬鹿らしい。今はゴネている場合ではあるまい。こちらの切迫した状況が分からぬような男ではないだろう。」
「緊急事態だ、聖域の危機だと告げたら、思い切り渋々だったが、戻ってくると言っていた。ただし、早くとも明け方頃になるそうだ。」


横暴・自己中・身勝手なデスマスク様といえど、流石に緊急事態だと聞かされて、無視は出来ない。
恋人さんの事は諦めるのか、それとも、無理矢理にでも引き摺って連れ帰るのか。
それについては不明だが、取り敢えずは戻ってきてくれると聞いて、少しだけホッとした私だった。





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