デスマスク様が聖域に戻ってくるのが明け方、もしくは朝になってから。
それまでは、こちらから何かを仕掛ける事すら出来ない。
結局は、何らかの動きがあるまで待機する、そういう結論に落ち着いた。


外は深い夜の闇。
日付が変わるまで、後二時間程度は時間があるにしても、七月のこの時期は夜明けが早い。
六時間も経てば、空が白んでくるだろう。
その頃までにデスマスク様が帰還するかは分からないが、それでも、彼が戻るまでの間に、無駄に体力を消耗させる必要はない。
夜明けまでの数時間は、仮眠を取るなりして各々力を養う時間と決め、仮眠室や応接ソファーなどに分かれて、浅く短い眠りに沈んだ。
勿論、また、いつ現れるか分からない鬼神の気配には細心の注意を払い、神経を尖らせながらの休息ではあるのだが……。


私は彼等の邪魔にならぬよう、女官用の執務室に引っ込んでいる事にした。
まだまだ時間がある事を思えば、一旦、磨羯宮へ戻るべきかとの考えも頭に浮かびはした。
だが、磨羯宮へ戻ったが最後、私は完全に蚊帳の外へと追い遣られてしまうだろう。
元々、シュラ様は私が関わるのを良しとしていなかった。
故に、私の事は自宮に留め置いて、危険な場所へは近寄らないように画策するに違いないのだ。
ならば、今、磨羯宮へ戻る事は、最良の選択ではない。


この女官用の執務室は、黄金聖闘士の執務室の真横にある。
彼等が必要としている時に、直ぐに手助けに向かえるよう、この位置に配置されているのだ。
ココならば、彼等に動きがあれば即座に察知出来る。
蚊帳の外に放り出されて、全てが終わるまで何も知らされない、なんて事にはならないだろう。
誰もいない静かなこの部屋なら、隣の部屋の慌ただしい物音も、廊下を走る足音も、確実にキャッチ出来るのだから。


私は黄金聖闘士の執務室に設置されているものよりも、大きさも座り心地もやや劣る応接セットのソファーに、どっしりと腰を落とした。
正直、身体は疲れ果てていたが、神経は昂ぶっていて、グッスリと眠れる気は、まるでしなかった。
あのような緊迫した戦闘場面に居合わせたのだ。
聖闘士が戦う瞬間を、初めて目の当たりにしたという事もあるが、それよりも、あの重々しく張り詰めた空気。
呼吸すら苦しい程の緊迫感を肌で感じて、私の心は激しく波立っていた。


目を閉じれば、暗く黒い瞼の裏の世界に、神とは名ばかりの化物の姿が浮かぶ。
そして、その化物に囚われた歩美さんの姿も。
未だ囚われの身の彼女と、彼女の無事を祈るアイオリア様の気持ちを思えば、ザワザワとざわめく胸の切なさに、深い眠りを貪るなど、土台、無理な話であった。


――コツッ……。


その時、微かな物音が耳に届いた。
気のせいだろうか。
それとも、誰かが何かを床に落としたのか。
その程度の小さな音。


――コツッ、コツッ……。


だが、再び繰り返された音は、それが意志を持って鳴らされたものだと如実に示していた。
耳を澄ます。
音が聞こえたのは、多分、扉の方だ。
立ち上がり、音を殺して扉に近寄る。


「……どなたか、居らっしゃるのですか?」
「アンヌか?」


返ってきたのは、音を潜めたシュラ様の声。
きっと私の姿が見えなくなって心配になり、私の僅かな小宇宙を探ったのだろう。
慌てて扉を開くと、いつもの無表情で仏頂面なシュラ様が、そこに立っていた。





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