候補生達の修練場は、聖闘士達が使用している巨大な闘技場に比べると、格段に簡素で貧相な造りだった。
簡素と言うか、ただ堅く平らに均(ナラ)した一定の広さの地面を、少し頑丈そうな石の塀で囲っただけのもの。
石の塀と言うよりは、石ブロックを数個積んだだけの囲いで、丁度、私の胸辺りまでの塀(寧ろ柵と言うべき?)は、大人の私が凭(モタ)れ掛かって傍観するのに程良い高さだった。


バスケットを足元に置き、修練場の中に入ると危ないので、外側から塀に上半身を預け、頬杖をついて眺めやる修練の様子。
あまり手入れのされていない荒れた地面は、ひっきりなしに砂塵が舞い上がり、思うように視界が利かないのが難点だ。
埃が目に入らないように額に手を翳し、目を細めて、手合わせをする少年達の影を必死で追う。
しかし、私如きの一般人では、候補生とはいえ、その速さに視力が追い付ける筈もなく、ただヒュンヒュンと風が横切るような軽い衝撃と砂埃の動きだけが視界に映るばかりだった。


シュラ様は何処にいるのだろう?
少年達の熱気が立ち昇る修練場の中央ばかりを見ていた視線を、グルリとその周辺に走らせる。
程なくして、私の居る位置から一番遠い反対側、塀を背にして立つシュラ様の姿を見つけた。


ゆっくりと歩きながら声を張り上げ少年達に指示を飛ばす姿は、いつもながらの真剣さと厳しさに溢れていたが、それでいて、まだ未熟な彼等を思いやる優しさをも感じられて、私はハッと息を呑む。
プライベートルーム内にいる時の、あのボケッとした様子など微塵も感じられない。
凛々しくて精悍で誰よりも頼れる黄金聖闘士。
優れた指導者として少年達に尊敬される『山羊座のシュラ様』が、そこにはいた。


一対一で手合わせをする候補生達が六組。
全部で十二人いる彼等を一人一人じっくりと熟視し、悪いところは叱り、良いところは褒める。
だが、褒められて舞い上がり、その結果、動きの鈍った者に対しては、躊躇いなく強い叱りの言葉を飛ばす。
逆に叱られた事で気合が入り向上した者には、惜しみない褒め言葉を与える。


飴と鞭で上手い事、少年達のやる気と気力を増幅させて、彼等のまだ完全には現れていない資質を引き出していくシュラ様。
彼のそうした指導方法を見ていて、この人は後輩達を教え導く事に向いていると、素人の私でも、そう思った。
今まで直接指導に当たったお弟子さんが一人もいなかった事が、不思議にさえ思える。


その身に宿る技の性質上、シュラ様の身体能力の高さは黄金聖闘士の中でも随一だという。
戦う相手の力を利用するという高度な返し技を体得するために、彼は様々な格闘技や拳法など広範囲に渡って学んだのだと聞いた事がある。
その豊富な知識と経験は、指導して貰う側にとっても、貴重なものだ。
その一面を見ても、彼はとても指導者向きだと思えるのに。


今だって、ほら。
候補生の少年達は皆、目を輝かせてシュラ様の言葉を聞き、必死でその力と技を盗み、自分のものにしようとしている。
尊敬、畏敬、憧憬、羨望。
そういった言葉全てに値する聖闘士の中の聖闘士として、十二宮の一つを守護している方なのだから。


厳しく鋭い瞳で少年達の手合わせを見つめ、激しい檄を飛ばすシュラ様の姿を、舞い上がる砂埃の向こう側に眺めながら。
普段、私の前でのボケッとしたシュラ様と、今のこの凛々しいシュラ様と。
どちらが本当の彼なのかと、私は少しだけ心の奥に戸惑いを感じていた。





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