6.三日目@



翌日、午前十一時過ぎ。
用意した二人分の昼食をバスケットに詰め込むと、私はそれを抱えて十二宮の階段をヨロヨロと下り始めた。
二人分とは言っても、人一倍食べるシュラ様の一食分は、私が食べる量の優に三倍はある。
それに良く冷やした紅茶を入れた大きな水筒を合わせると、バスケットの重さはかなりのものだった。
これを抱えて遥か下の白羊宮まで下り、そこから更に延々と歩かなければならないのだ。
兎に角、うんざりとした気持ちでいっぱいのまま、私は黙々と階段を下りていった。


向かう先は、聖闘士候補生達のための修練場。
今日は、シュラ様が後輩である彼等に稽古をつけている。
午前・午後共に、そこで指南に当たる事、事前にスケジュールを聞いて知っていたから、今日の昼食は用意しなくても良いと思っていたのに。
それが昨夜、何がどうなってそんな話になったのか、上手い事シュラ様に言い包められて。
気付けば、修練場まで昼食を宅配しなければならない状態になっていた。


そう、事の起こりは昨夜の就寝直前。
悪戦苦闘していたあのクロスワードを全部解いて、「さぁ、今夜は気持ち良く眠れるわ。」と思っていた矢先。
またもソファー周辺に本を散乱させたままの状態で寝室へと引っ込もうとしていたシュラ様に対して、ちょっと苛立ってしてしまった私が、彼を引き止めた事が発端だった。


「シュラ様っ! また、こんなに散らかしたままで! さっき、終わったら片付けると仰ってたじゃないですか。せめて本は閉じて、テーブルの上に積んでください。」
「むっ……。」
「山羊座の黄金聖闘士様は、お片付けもキッチリ出来ないのですか?」
「……ふん。片付けなど、面倒だ。」


先程は「夕食を出さない。」との言葉で渋々片付けをしてくれたが、条件のない今は、片付けなどサラサラする気はないらしい。
お馴染みの口癖を言い放ち、子供のようにムスッとしている。


「では、その散らかした本を片付けてくださるなら、シュラ様の望むご褒美を差し上げますよ。これなら、どうです?」
「褒美……、だと?」


ならば、今度は餌で釣ってみる。
子供ではないのだから、こんな手には乗らないかと思って冗談半分のつもりだったのだが、意外にもシュラ様は散乱していた本類を黙々と拾い上げると、山になったそれを抱えて自分の部屋へと入っていった。
そして、部屋の中で本を棚に戻しているのだろう、ゴトゴトという音が響いてくる。
暫く経ってからリビングへ戻ってきた彼は、何やらご機嫌な様子で目を細め、私をジッと見下ろした。


「褒美をくれるのだったな。」
「は、はぁ……。」
「ならば、明日の昼飯は修練場まで持ってきてくれ。あぁ、勿論、アンヌの分もだ。そこで一緒に食うぞ。」
「は……? え、ええっ?!」


私の考えていたご褒美は、シュラ様の大好きなジンジャークッキーを明日のおやつに焼くとか、その程度の事だった。
なのに、先を越されてご褒美の内容を要求されてしまっては、断りようがない。
なにせシュラ様は私の雇い主、この磨羯宮の宮主なのだから。


「フッ。明日の昼が楽しみだ。」
「……私は今から気が重いです。」
「ん、何か言ったか、アンヌ?」
「いえ、何も。」


こうして私は燦々と陽の降り注ぐ中を、重いバスケットを抱えて、遠く修練場まで向かう破目になった。
シュラ様ってば、片付けられない症候群だけでなく、意外に我が侭な人だったのね。
自己中街道まっしぐらな彼のペースにスッカリやられてしまい、今日の私は、朝から憂鬱な気分でいっぱいだった。





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