「アイオリア。その……、窓の下の森の中は、もう捜索したのか?」


少しだけ遠慮がちに紡がれたカミュ様の言葉に、ハッとしたのは私だけではない。
横を見ればシュラ様も、その切れ長の瞳を大きく見開いていた。


「勿論、探したさ。一番にな。」
「それで、何も見つからなかったのか? 靴や服の切れ端とかも?」
「あぁ。」


そんなもの見つかって堪るかとでも言いたげに、短い返事を吐き出したアイオリア様の顔は、これ以上ない苦痛に歪んでいる。
考えたくはないが、それが一番可能性の高い答え。
窓から落ちる。
何らかの事故か、自らの意志かは分からないけれど。


「事故というのは有り得ないだろう。痛み止めの薬が効いている状態で、何に巻き込まれると言うんだ?」
「もしや、その薬の副作用ではないのか? 意識が混濁した状態で、部屋を徘徊してしまうような副作用とか。」
「いや、そんな副作用はない。そもそも薬の副作用でグッスリ寝てしまうんだ。大きな地震でも起きない限り、簡単には目覚めないだろう。」


歩美さんの寝室に行くには、必ずリビングを通過しなければならない。
だけど、そこにはアイオリア様がいて、トレーニングをしていた。
黄金聖闘士の彼に気付かれぬよう歩美さんの寝室に入り込み、彼女をどうにかする事は百パーセントの確率で無理だ。
歩美さんを攫う事も、事故に見せ掛けて危害を加えようとする事も、どちらも近くの部屋にいるアイオリア様に気配を悟られずに成し得るのは、不可能な話。
だからこそ、カミュ様が導き出した結論は、歩美さん自ら……、という事。
そして、それにシュラ様も少なからず賛同している様子。


歩美さんが自殺?
でも、それは絶対に有り得ない。
私だけは知っているから、彼女がアイオリア様に抱き続けている想いを。
今の関係のまま自ら命を絶とうなどと、どうして思えるだろう。
歩美さんは、まだ希望を捨てていないし、アイオリア様との距離を縮めたいと切に願ってもいた。
そして、アイオリア様自身も、彼女が自ら死を選ぶだなんて微塵も信じてはいない。
だからこその、この焦燥。


「歩美は自ら死ぬような事はしない。」
「どうして、そう言い切れる? 彼女は父親や仲間達と同じ場所へ行く事を望んでいたのだろう?」
「確かに、ココに来た当初はそうだった。だが、今は違う。死んでしまった彼等のためにも、自分は一生懸命に生きようと、前向きに進んでいる。だからこそ、無茶とも思えるリハビリまで、無理を承知で行っていたんだ。」


怪我を負って自由に動けない身体のために、ただ彼に庇護されるだけの存在では有りたくない。
何の貸し借りも、わだかまりもない状態で、アイオリア様と向き合いたい。
それが今の歩美さんの気持ち。
救った人と救われた人ではなく、ただの男と女として。
例え、アイオリア様が彼女のこの気持ちを知らずとも、必死に努力している姿を間近で見ているから。
歩美さんが自らの命を粗末にするような事は絶対にないと、彼は信じられるのだ。
他の人が何を言おうと、ブレずに彼女を信じ続ける強さ。
それがアイオリア様らしい真っ直ぐな心の現れに思えて、そんな彼の焦燥を少しでも和らげて上げられるならと、私は少しの逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。





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