部屋に入って直ぐに、耳に飛び込んで聞こえてきたのは、焦燥感が漂うアイオリア様の捲し立てるような声だった。
その合間を縫って、短く言葉を挟むカミュ様の声も僅かに聞こえてはいるが、アイオリア様は全く耳を貸さない様子で、カミュ様の話が終わる前に言葉を被せ、途切れさせていた。


「すまん。入るぞ、カミュ。」
「シュラ……。」


シュラ様の急な登場に、だが、カミュ様は少しだけホッとしたような顔を見せた。
リビングの真ん中、立ったままで話し込んでいた二人は、アイオリア様が一方的に詰め寄り、カミュ様がそれを宥めようとしつつもジワジワと押されている、といった体だった。


「ああ、シュラ! 丁度良いところに来た! シュラも手を貸してくれ!」
「何かあったのか?」
「何かどころではない! 大変なんだ!」
「落ち着け、アイオリア。シュラも事情が分からず困惑している。一旦、腰を下ろして、ゆっくりと話そうではないか。」
「ゆっくり座ってなどいられるか! 大変なんだと言ってるだろう!」
「彼女がいても、か?」


そこで初めてアイオリア様は私の存在に気が付いたらしい。
カミュ様が視線で示した先にいた私と目が合い、彼は途端に顔を真っ赤に染めて、俯いてしまった。
どうやら焦燥して怒鳴り立てていた姿を、私に見られてしまったのを、恥ずかしく思ったようだ。
そのような事、気にせずとも良いのに。


「すまん、アンヌ……。」
「い、いえ、私の事は気にしないでください。それよりもアイオリア様。随分と焦燥したご様子ですが、何かあったのですか?」
「あ、あぁ。それが……。」


宝瓶宮のリビングのソファーに落ち着き、カミュ様とアイオリア様が横並びに、その向かい側にシュラ様と私が座る。
アイオリア様は開いた足の膝に両肘を乗せ、両手をギュッと強く握り締めていた。
私達の方へ視線を向ける事なく、その手の甲に浮き出た血管をジッと見つめて言葉を紡ぐ。


「歩美が……、姿を消したんだ。」
「歩美さんが?」


ガタリと音を立てて、私は身を乗り出した。
アイオリア様は変わらず、自分の手の甲を見つめていて、他のお二人は息を潜めて続きを待っていた。


「正確に言えば、姿を消したというより、その場から消えたという方が正しいだろう。」
「それは、どういう事なのだ、アイオリア?」
「彼女が日課にしている昼寝の最中だった。俺は歩美が寝ている間は、なるべく宮を離れないようにしているんだ。今日は雨だったし、リビングで筋トレをしていた。だが……。」


歩美さんの寝ていた部屋から、カタリと微かな音が聞こえた気がして、アイオリア様が様子を見に行ったところ、ベッドの中はもぬけの殻、彼女の姿は消えていたという。
勿論、直ぐに宮内を隈なく探したが、何処にも歩美さんの姿は見当たらなかったそうだ。


「部屋の窓は、どうなっていた?」
「開いていた。歩美が眠る前から開けていたんだ。閉め切ってしまうと蒸し暑いからと言ってな。今日は風もなかったし、窓から雨が入り込む心配もなかったから……。」
「まぁ、窓が開いていたところで、さして意味はないがな。」


シュラ様の言う通りだ。
獅子宮の各寝室は、磨羯宮と同じで、窓の向こうは断崖絶壁。
しかも、眼下には、遥か下方に鬱蒼と茂る深い森が広がっている。
聖闘士でもない限り、ここから落ちては無事では済まない。
一般人ならば生きて降りられる可能性は極小だ。
それを思うと、歩美さんが自らあの窓を潜り抜けて、外へ出たとは考え難い。


彼女に一体、何が起きたのか。
私は息を飲んで、アイオリア様の話を聞いていた。





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