「あの……、少し良いですか?」
「何だ、アンヌ?」


言葉を発した瞬間に、三人の鋭い視線が向けられた。
ううっ、流石は黄金聖闘士様。
物凄い迫力に、思わず尻込みをしてしまう。
特にシュラ様、いつにも増して視線が痛いです。
何と言うか、視線だけで射殺されてしまいそうな鋭さと、圧倒的な威圧感。
でも、ここで怯んでいる場合ではない。


「歩美さんが自分で、というのは絶対にないと思います。」
「何故、そうと言い切れる?」
「シュラ様、今日の買物メモの内容を覚えていますか? 主に日本やアジア圏の料理に使う調味料でした。瓶物が多くて、重いものばかり。死にたいと思っている人が、そんな重量物のお遣いを、他人に頼むでしょうか?」
「だが、突発的に思い至ったとも考えられる。」
「眠っていたのに、突発的? それは少々おかしいと思います。」
「そうか、そうだな……。」


お料理というのは、女の子が意中の相手を落とす際に必ず使う、いわば常套手段。
わざわざ私達に調味料の買い出しを頼んでまで、アイオリア様に作り慣れた日本の料理を振る舞おうと思っていた歩美さん。
それは彼とのギクシャクしていた関係を、少しでも和らげるためのもの。
そして、食事をキッカケに、少しでもアイオリア様と距離を縮めるためのもの。


「詳しくは言えません。けど、歩美さんには強い願いがありました。その願いを叶えるべく、前に進もうとしていたんです。」
「突発的というのも有り得ない、という訳か。」
「その願いが何なのか、やはり我々には教えられないか?」


カミュ様の問い掛けに、私は深く頷いた。
これは女同士の話、私が簡単に歩美さんの抱いている気持ちを口にする事は出来ない。
折角、彼女自身が努力して、前に進もうとしているのだもの。
アイオリア様への想いは、歩美さんが自ら彼に伝えなきゃいけない。


「となれば、やはり事件性が高いという事か……。」
「だから、言っただろう! 彼女は何かの事件か事故かに巻き込まれたんだ! だから、お前達に力を貸して欲しいと頼んでいるんだ!」
「落ち着け、アイオリア。お前には明白な事でも、俺達には状況を整理して、理解する時間が必要なんだ。」


シュラ様の落ち着いた声に窘められて、腰を浮かし掛けたアイオリア様が、グッと喉を詰まらせた。
再び椅子へと腰を落とす動きは、酷くゆっくりとしていて、力ないように思える。
窓の外を見れば、未だ降り続く雨。
夏の割には気温も低めな今日の天気は、もし歩美さんが何らかの事件に巻き込まれていたとしたなら、彼女の身体に大きな負担を掛ける事だろう。


「教皇補佐の二人には報告したのか?」
「あぁ、今は丁度、その報告の帰りだったんだ。サガは徹夜続きで仮眠の最中だったが、兄さんには報告した。」
「それで、アイオロスは何と?」
「雑兵達に聖域内を捜索させるから、お前は自宮で待機していろ、と。」


それでアイオリア様は、こんなにも焦っているのだわ。
雑兵さん達の中には、歩美さんを良く思っていない者も多い。
アイオリア様を慕い信奉する者達は、黄金聖闘士であるアイオリア様を敬いもしない歩美さんの言動に腹を立てている。
そして、十三年前の事件以来、アイオリア様が黄金位に就いている事を快く思っていない者達は、彼に庇護されている歩美さんをも憎々しく思っている。
この閉鎖的な『聖域』という外界から隔離された世界の中で、まさに歩美さんは四面楚歌の状態にある。
雑兵さん達に任せるとしたアイオロス様の判断に、アイオリア様が不満を持つのも当然だった。





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