〜第5章〜


1.不穏な気配



磨羯宮に戻った私達が、本日の買物の戦利品を片付け終えた頃だった。
いつもの女官服に着替えてリビングへと戻った私が見たのは、キッチンへと入っていくシュラ様の姿。
後を追うと、冷蔵庫から取り出したアイスティーをグラスに注いでいた彼が、グッと眉を顰め、酷く難しい顔をして、そのグラスをテーブルに置いた。


「どうかしたのですか、シュラ様?」
「上に……、アイオリアの気配がある。」


そう言って、彼が視線を向けたのは、教皇宮の方角。
という事は、やはりアイオリア様は何がしかの用事があって、教皇宮に顔を出していたのだろう。
私はホッと安堵の息を吐く。


「その割には、随分と焦燥しているようだが……。」
「え……?」
「小宇宙が酷く揺らいでいる。今にも暴発しかねない程に。しかも、その状態で、カミュのところに留まっているとなれば……。」


腕組みをして、更に眉間の皺を深くするシュラ様。
そんな彼の姿を黙って見ているしか出来ない私。
小宇宙を感じ取れない私には、今現在の様子は、まるで分からない。
そのもどかしさは何と言えば良いのだろうか。
非力な私は、彼の言葉、彼の説明を待たなければ、何一つ知る事は出来ないのだ。


「宝瓶宮に行ってくる。」
「ま、待ってください、シュラ様。」
「何だ?」


結局は、考えるよりも実際に見るが早いと、焦れたシュラ様が身を翻した。
咄嗟に引き留めたのは、ただの反射ではない。
このまま何も知らされずに、ただ留守番だなんて、絶対に耐えられなかったからだ。


「私も一緒に行きます。」
「しかし……。」
「放ってはおけません。アイオリア様と歩美さんに関係する事なら、余計に。」
「……分かった。行こう。」


問答をしても無駄だと思ったのか、シュラ様は直ぐに折れた。
クルリと背を向け、スッと身を屈めた、その体勢は……。
ま、まさか、おんぶですかっ?!


「だ、抱っこじゃないんですか? いえ、抱っこもアレですけど……。」
「何だ、不満か?」
「そうではなくてですね、その……。」


確かに、抱っこよりもおんぶの方が、スカートが捲り上がったりとかの危険な事が起きないですけれど。
だからといって、おんぶだなんて、女心に疎過ぎるでしょう。
本当に鈍いというか、何処までも天然なのだから、この人は。


「良いから早く乗れ、アンヌ。時間が惜しい。」
「わっ?!」


モタモタと渋っていたら、痺れを切らしたシュラ様に腕を引かれ、強引に背に乗せられてしまった。
部屋から宮へと出てしまえば、そのまま疾走して、階段を駆け上がるだけだ。
アテネからの長い道のりでさえ、あの短時間で着いてしまうのだから、一つ上の宮まで上がるだけなら、瞬きする暇もない程に一瞬の出来事。
その速さと風圧に呆然とする間も与えられないまま、一瞬で宝瓶宮に辿り着いていた。
勿論、その速さ故に、外の雨に濡れてしまう事もない。


「行くぞ。」
「は、はい。」


プライベートルームの扉の前で背から下ろされ、シュラ様が私を振り返り見た。
少しだけクラクラする頭を何とか気力で支え、慌てて彼に頷いてみせる。
シュラ様は強く扉をノックして、返事を待たずに中へと進んでいった。
私は少しだけ躊躇したが、入口で待っていたところで何の意味もない。
そう思い、彼の後に続いて、小走りに部屋の中へと入っていった。





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