――ジャバジャバジャバ……。


良かった。
漏水もなく、ちゃんとお湯は溜められるようだ。
もしお湯に浸かれない事になったら、シュラ様の失望が、どんな形になって襲ってくるか。
考えるだけでも恐ろしかったので、これでホッと一安心だわ。


「アンヌ。」
「あ、はい。」


呼ばれて脱衣所に顔を出すと、既にTシャツにボクサーパンツだけの姿になったシュラ様が、心持ちソワソワした様子で立っていた。
その顔は、他の人が見れば、相変わらず無表情なのだろうけれど、私には彼のウキウキ感が手に取るように分かる。


「入って良いか?」
「わ、ま、待ってください。先に私が……。」
「何故だ? 俺が先に入っていては駄目なのか?」


駄目というか……、私が恥ずかしいのです、無理なのです!
シュラ様がお湯に浸かっている浴室に、後から、は、裸で入って行くなんて、絶対に無理!
それなら、私が先に浸かっているところへ、シュラ様が後から入ってきてくれた方が、何とかなるというか……。


「仕方ない。待っててやるから、早く先に入れ。」
「は、はい。あ、あの、三分経ってから、お願いします。」
「三分か……。カップラーメンのようだな。」
「じゃあ、五分で。」
「長い。」


ううう……。
どうせ逃れられはしないと思っていたけれど、本当にどうして良いか分からないくらいに恥ずかしい……。
でも、モタモタしていたら、シュラ様がお構いなしに乱入してくるだろうし。
ここは落ち着いて、迅速に、テキパキと……。


――ちゃぷん……。


手早くシャワーで身体を洗い流し、そっと浴槽へと足を沈めた。
そのまま腰を屈めて、ジワジワとお湯の中へ身体を沈ませていく。
うん、我ながら良い湯加減に出来たわ。
熱過ぎず、ぬる過ぎず、ゴリゴリと凝った身体のアチコチに、ジンワリとお湯の熱が染み込んでいくよう。
そして、溜まった疲労をお湯の中へと溶かし出していくようだ。


「……入るぞ。」
「っ?!」


お湯の心地良さにトロンとし掛かった刹那、バタンと勢い良く扉が開いて、シュラ様が遠慮なしに浴室内へと入ってきた。
勿論、何一つ隠すものもなく、その見事な裸体を晒している。
均整の取れた体躯は惚れ惚れするばかりだけれど、流石に今は直視出来ない。
僅かに湯煙で霞んではいたが、この至近距離。
当然、私は俯いて、魅惑的過ぎる彼の姿から視線を外した。


――ちゃぷん……。


俯く視線の中、見下ろしていた水面が、大きく波を打った。
視界の片隅には人の影。
シュラ様が、ゆっくりと私の隣に身を沈めたようだった。


「ああっ。これは良いな。」


寛いだ心地良さげな声。
顔を上げて横を見遣ると、胸の少し下までお湯に浸かったシュラ様が、大きく伸びをしていた。
そのままグリグリと腕と肩を回している。
どうやら私と同じで、疲れがお湯に流れ出ていく感覚が、とても爽快に感じているらしい。


「棚の中に、こんなものがあった。」
「それは?」


彼は手に持っていた小さな包装を、ガサガサと振ってみせた。
そういえば、この宮に来て直ぐの頃、この浴室をお掃除した時に、こんな包みが幾つか出てきて、何だか良く分からないままに棚の奥に仕舞っておいた記憶が……。


「温泉の素だな。昔、サガにもらった。日本土産だ。」
「温泉……。バスソルトみたいなものでしょうか。」
「そんなところだろう。」
「昔って、いつです?」
「アンヌが来る少し前……、だったような気がする。」


一瞬、十数年前のものではないかという恐ろしい想像が過(ヨ)ぎっただけに、ホッと安堵の息が零れる。
何処となく御機嫌な様子で袋を開け、お湯の中へサラサラと中身の粉を振り入れていくシュラ様を、半ば呆然と見つめていた私だったけれど。
透明なお湯がユラリ、揺れると同時に、真っ白に変わっていく様には、思わず感嘆の声を上げてしまった。





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