「……さて、と。これで全部、終わったな。」


カチャリと皿が重なる音がして、シュラ様が布巾で拭っていた最後のお皿を食器棚に戻した。
おもむろに振り返る彼。
ブレる事なく、真っ直ぐに私へと向けられる視線に、ドキリと心臓が跳ねた。


「やっと、待ちに待った時間だ。」
「し、シュラ、様……。」
「待ったはなしだぞ。もう散々待ち詫びたからな。」


シュラ様は腰に巻いていた黒いエプロンを毟り取るように外すと、それを床に放り投げて、ジリジリと距離を詰めてくる。
こ、これは凄く危険な雰囲気……。
とは思いつつも、シュラ様の視線に絡め取られて、動く事すら出来ずにいる私。
見上げなければならない程に傍まで近付いた彼が、頬に手を伸ばしてきた。
ヒヤッと冷たい感触に、ビクリと身体が小さく震えながらも、その熱の籠もった眼差しから目が離せないでいる。
その間に、もう片方の手が、シュルリと私のエプロンの結び目を解き、柔らかに奪い取っていた。
ふわりと静かに床に落とされたエプロン。


「あ、あの……。」
「待ったはなしだと言った。」
「え、えっと、その……。」


危険だ、危険過ぎるわ。
この雰囲気はソッチの流れに一直線と言わんばかりで、シュラ様の熱い視線が突き刺さってきている。
これは、どう足掻いても逃れられそうもない。
だったら、せめて……。


「あ、あの、ですね。浴槽にお湯を……。」
「浴槽?」
「えぇ、あの、折角、あんなに立派なお風呂に浴槽まであるのに、一度もお湯を張った事がないのは勿体ないな、と思いまして……。」


十二宮のプライベートルームに備え付けられた浴室は、ローマの浴場を思わせる豪華なものだ。
だけど、シュラ様は常にシャワーで済ませていて、ゆっくりとお湯に浸かった事などない。
デスマスク様は時々、大きな任務の後などに、ノンビリと浸かっていた。
溜まった疲労がスッキリと消えるからと、そう言って。


「どうですか? 任務から戻ったばかりで、お疲れでしょうし、試してみては?」
「そうだな……。アンヌとノンビリ湯に浸かるというのも悪くなさそうだ。」
「えっ? わ、私もですか?」
「一緒に入る約束だろう。当然だ。」


当然、ですか……。
シュラ様お一人で、ノンビリお風呂でリラックスしてくだされば、なんて考えていたけれど、甘かったみたい。
ここまで我慢を強いられた彼が、そう簡単に逃してくれる訳がなかった。
手は出さないと言ってくれてはいるけれど、本当に大丈夫だろうか。
湯船の中で、あんな事そんな事に持ち込まれるのではないかと、激しく不安になる。
一度、火が点いたら、絶対に暴走が止まらないのがシュラ様だもの。


「何年振りだろうな。湯に浸かるのは……。あれは長期の任務でスペインに滞在していた時だったから、三年、いや四年前か……。」
「あの、ココの浴槽にお湯を溜めた事は?」
「ないな、一度も。」
「ないのですか。そうですか、一度も……。」


そもそも、ちゃんとお湯が張れるのだろうか?
長年、放置してきた浴槽(しかも、私が来るまでは、とても人間が使用しているとは思えない状態の浴室だった)に、普通のお風呂としての機能が残っているのか。
入浴と聞いて少しだけウキウキしている様子のシュラ様を前に、私は別の意味でドキドキしていた。





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