「む……。色が少し薄い、な。」
「そう、ですね。」


お湯に溶けた粉、もとい温泉の素は、浴槽の中で全体に拡散していき、お湯を薄らと白い色に染めていた。
多分、本来はもっと濃い乳白色になるのではないかと思うけれど、ココの浴槽が一般的なものに比べて随分と大きいため、薄らと濁った程度で止まってしまったようだ。
そのせいか、私の身体も普通に透けて見えている。


「もう一袋、入れるか。」
「まだあるのですか?」
「あぁ。」


そう言って、シュラ様は躊躇いなく立ち上がり、何一つ隠す事なく、浴槽から上がった。
私が慌てて視線を逸らす一方で、彼はノシノシと歩いて浴室を出ていく。
身体がビショビショに濡れたままなのを気にしないのは、まぁ、いつもの事だから仕方ないとしても、せめて少しくらいは隠す素振りをしても良いのに、と思う。
普段から半裸で部屋の中を彷徨き歩いている人に、隠せと言う方が間違っているのかもしれないけれど。


「あったぞ、アンヌ。」


戻ってきた彼は、温泉の素の袋を持ったまま、遠慮なくザブンと浴槽に身を沈める。
その反動で大きく揺れた水面が、私の顔に掛かりそうなくらいにまで上がったけれど、ここで抗議の声など上げては、何をしてくるか分からないので、私はグッと声を飲み込んだ。
そういうところに付け込んで、攻め込んでくるのだ、この人は。


「これで丁度良くなったな。」
「あ……。はい、そうですね。」


シュラ様が二袋目を振り入れると、お湯の色が真っ白なものに変わった。
こっくりと柔らかで、しっとりと肌に絡む水の感覚。
これなら湯面から肌が透けて見える心配もなく、シュラ様の視線を気にして、小さく竦んでいる必要もない。
ノビノビとお湯に浸かれるというもの。


「何だか、このお湯。肌がスベスベしっとりするような気がします。」
「気がするのではない。そういう効能らしい。」


シュラ様は温泉の空き袋を繁々と眺め、そこに書かれている文字を指でなぞって読んでいるようだった。
でも、それ、日本のお土産という事は、日本語ですよね?
シュラ様、日本語が分かるのですか?


「多少はな。アテナの母国の言葉だ。少しくらいは読めないと困る事もあるだろう。」
「シュラ様は勉強熱心です。」
「そんな事はない。必要だから学んだだけだ。」


そんな事を言って、この人は一体、何ヶ国語を話せるのだろう。
聖域にいる間はギリシャ語を使う。
勿論、母国語のスペイン語も話せるし、イタリア語も出来ると言っていた。
それに、使用頻度の高い英語も当たり前に話せる筈……。


「フランス語とロシア語も、会話程度ならいける。」
「それに加えて日本語も出来るなんて、シュラ様、凄過ぎです。」
「俺など、デスマスクに比べたら大した事はない。」


確かに、あの方と比べてしまえば、誰だって大した事などなくなるだろう。
あの人は多分、アレです……、言語マニア。
欧州の主要言語は勿論、アジアやアラブ、アフリカなどのマニアックな言語すらも習得しているくらいですから。
全く……、この人達と一緒にいると、基準が有り得ないくらいに高くなってしまう。
何もかもが黄金レベル、一般常識など通じない人達なのだ、遙か高みにいるせいで。


「疲労回復とも書いてある。成程、身体の筋肉の張りが、じんわりと解れていくようだ。」
「まだ残っているのですか、温泉の素?」
「あと二袋あったな。」


という事は、これを楽しめるのは、あと一回だけ。
大事に使うべきか、出し惜しみはせずに、思い切って使ってしまうべきか。
悩むところではある。





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