不思議だわ。
というよりも、おかしい。
食事前、獅子宮から戻ってきたばかりのシュラ様は全く余裕がない様子だった。
それが証拠に、些か強引に私を押し倒そうとしてきた事だし。


でも、今の彼は随分と落ち着いている。
この悠然とした様子は、どうだろう。
私は食器をゴシゴシと洗いながら、横目で隣のシュラ様の姿を、こっそりと覗き見た。
いつもと同じ無表情のまま、洗い終えたお皿を布巾で拭いている。
黙々と手を動かし、無言ではあるが、特に焦った様子は見受けられない。
急いで作業を終わらせてしまおうとかもなく、私に洗い物を早くしろと急かす事もない。


これが、あんなに切羽詰まっていた人だろうか。
一分一秒でも勿体ないと急いていた人だろうか。
どうにも嫌な予感と良くない疑いが膨らみ、何かあるのではないかと、裏を読んで怪しんでしまう私。


「……何だ?」
「えっ?」
「さっきから俺の顔をチラチラと見ているだろう。」
「いえ、別に何も……。」


余計な事を言ってしまえば、折角、今は大人しくしてくれているシュラ様が、また暴走を始めるかもしれない。
そう思うと、考えていた事を、そのまま彼に伝える訳にはいかなかった。
適当に言葉を濁して様子見を、そして、極自然に話題替えを。


「その……、アイオリア様の様子は、どうだったのかと思いまして。」
「あぁ、先程の時か。まぁ、予想通りといったところか。かなり悔やんでいた。」
「悔やむ? 過去のゴルゴンとの戦いについてですか?」


あの時、キッチリと自分が手を下していれば。
黄金聖闘士の力で倒してさえいれば。
今、このような事態にはならなかったかもしれない。
真面目で実直なアイオリア様の事だ、そういう葛藤を抱えてもおかしくはない。


「いや、違う。それについての後悔など、ひと欠片もしてないだろう、アイツは。そうではなく、自分自身がゴルゴンの始末を付けに行けない現状、それを作ってしまった事に対する後悔だ。」
「つまりは、歩美さんの一件に対する後悔だと?」
「そうなるな。」


ガチャリと皿が音を立てる。
拭き終えた食器を棚に戻す手が、少しだけ滑ったのか、皿と皿がぶつかる音が高く響いた。
何だかんだ言いながら、シュラ様もアイオリア様の事を気に掛けている。
こちらに向けた大きな背に、その心配が現れているように、私には見えた。


「アイオリア様は、外への任務に行けない事への鬱憤が溜まってきているのでは?」
「それもあるだろう。元々、外地任務を積極的に引き受けてきた男だ。聖域に閉じ籠もっているのは、性に合わないのだろう。だが、これは彼女の監視、いや、彼女の面倒を見る事という『名目』を付けただけの、いわば謹慎だ。御法度を犯したなら、それなりの罰則はある。アイオリア本人も、それを良く分かっているから、何も言えずにいるんだと思う。」


その結果、歩美さんとの口論に発展してしまうと、そういう事だ。
鬱憤が溜まった状態で、不満を沢山抱えた相手との同居。
そんな状況では、自然と衝突が起きてしまう、それも当然の事。
上手くやろう、仲良くやっていこう、そう思っていたとしても、日に日に募る苛立ちに、思わず相手に当たってしまう。
それは素直になれない二人だからこそ、余計に。


「何か良いキッカケでもあれば良いのですけど。お二人が素直に向き合えるようになれる、そんなキッカケが。」
「お前もそう思うか、アンヌ?」


クルリ、振り返ったシュラ様と、その言葉に顔を上げた私の視線が、ピタリとぶつかる。
一瞬だけ、互いに驚きで目を見開いた後、彼はフッと、私はクスクスと小さな笑いを零した。





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