デスマスク様が磨羯宮を訪ねて来たのは、翌日の朝早くの事。
朝に立ち寄る事はあっても、それは常に教皇宮へと執務に向かう直前で、大抵はシュラ様が朝食後の紅茶を飲みながら新聞(デイリー聖域)を読んでいる時間帯だ。
こんなにも早い時間に顔を出すなど、彼には珍しい。


「ンだよ、アンヌ。その怪訝そうな顔は?」
「いえ……、随分と朝早い時間なので、少々驚いているだけです。」
「俺だって早起きする事くらいはある。」


私の態度が気に食わなかったのか、多少、ムッとした顔でキッチンへと入り込み、いつものように勝手にインスタントコーヒーを淹れて、勝手に飲み始めるデスマスク様。
ダイニングのシュラ様の席に座り、暫くは無言でコーヒーを啜っていたかと思えば、ドンと少し乱暴にカップを置いた。
そして、呆然と彼の様子を眺めていた私を、ギロリと睨み付けてくる。
何なのだろう、一体?


「オイ、飯は?」
「……は?」
「朝飯、作ってたンだろ? 俺の分も出せ。」


いきなり訪ねて来たかと思ったら、今度は当たり前のように食事を出せと言う。
巨蟹宮付きの女官であった時ならまだしも、今は彼に命令される筋合いはない。
こんな横暴な命令、軽く聞き流したって良いのだけれど、そこは長年、彼の女官として仕えてきたせいもあってか、「はい、分かりました。」と従順に従ってしまう自分。
結局、一人分の予定が、急遽、二人分の朝食を用意する羽目になり、慌てて作り上げたのだが……。


「なンか、味付けが少し甘くねぇか、これ? もう少しピリッと胡椒が効いてる方が美味いだろ。オマエ、味付け変わったンじゃねぇの?」
「多分、シュラ様に合わせて、そうなっていったんだと思います。彼は何でも美味しいって言ってくれますけど、特に美味しい時は表情に出ますから。」


その表情の僅かな変化を読み取って、シュラ様はこういう味が好き、こういう味はそうでもない等を、知らず知らずに覚え込んでしまったようだ。
より彼が喜ぶようにと、無意識のうちに、シュラ様好みの味付けに変化していたとしても、おかしくはない。


「味付けが変わる、ねぇ……。随分とシュラに惚れ込んじまったみてぇじゃねぇか、アンヌ。」
「それは……。」
「ま、元々シュラに気があるようだったから、そうなったところで驚きはしねぇが。」
「私、巨蟹宮に勤めていた頃から、シュラ様の事を好いているように見えてました?」
「俺は、ずっとそうだと思ってたけどな。シュラが巨蟹宮に来た時には、明らかに意識してるってな態度だったし。」
「それが自分では全く……。」


恥ずかしい話、巨蟹宮に勤めていた当時は、自分で自分の気持ちにすら気付いていなかったのだから、鈍いと周りに言われてしまうのも当然なのかもしれない。
自分では、ただの憧れのようなものだと思っていただけに、それが『恋』だったと人から教えられると、自分の鈍さ加減にショックすら覚えた。


「で、何かあったのですか?」
「あ?」
「わざわざシュラ様が居ない時に訪ねて来たという事は、私に用事があっての事でしょう?」
「あー……。」


カチャリとフォークを置く音が静かに響く。
自分から訪ねて来たというのに、言い出し難い話題なのか、デスマスク様は暫く、空になったお皿をジッと眺めていた。





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