夕方過ぎ。
漸く翳リ始めた日差しの中、聖域内の市場へと買物に向かった私は、丁度、帰り着いた磨羯宮の入口で、シュラ様と鉢合わせをした。
シュラ様は背にパンドラ箱を背負っている他に、手にも幾つかの荷物をもっている。
出掛けて行く時には、確かパンドラ箱以外は何も持たず、手ぶらだった筈。
何処かに寄って買物でもしてきたのだろうかと思って見ていると、右手に持っていた箱を差し出された。


「これは?」
「土産だ。」


私にお土産?
何処か遠方まで行ってきたのだろうか。
その割には随分と短時間で戻ってきた。
それに行き先はアテネ市街だと言っていた筈だ。


部屋に入り、キッチンに荷物を下ろしてから、シュラ様に渡された箱を繁々と眺める。
何処かで見覚えがある模様だと思っていたけれど、それはロイヤルグラードホテルのケーキの箱だった。
昨日、泊まった(正しくは日帰りだけれども)ばかりだというのに、また同じホテルに?
不思議に思いながら、箱を開ける。


「あ、これ……。」


シフォンケーキ、ロイヤルグラードホテルの。
一切れずつカットされたケーキが数種類、綺麗に円を描いて箱の中に収まっている。


「昨日、食べ損ねたからな。」
「そうでした。」


昨日、ロイヤルグラードホテルに向かった本来の目的は、このシフォンケーキを食べる事だった。
だけど、大雨が降ったり、びしょ濡れになったりで、結果、ホテルの部屋で色々……、うん、色々な事が有り過ぎて、すっかりケーキの事など忘れてしまっていた。
その代わり、とても美味しいと評判のローストビーフを、夕食に食べる事が出来たのだけれど。


「プレーンとココア、紅茶とオレンジを買ってきた。オマエはどれが良い?」
「えっと……、それではオレンジを。」
「もう一つは?」
「え、でも、シュラ様が好きなものを選んでください。」
「俺はどれでも良い。アンヌが好きなのを選べ。」


オマエのために買ってきたのだからな。
そう言われてしまうと、流石に選ばない訳にはいかなくなる。
私は、チラと隣のシュラ様の顔を窺い見た。
箱の中を覗き込む横顔は、相変わらず溜息が零れそうな程に端正で、涼やかで鋭い目元が格好良い。
いやいや、シュラ様の横顔に見惚れている場合じゃないわ。
どれを選ぶべきか……、シュラ様はプレーンとココアと紅茶、どれが好みだろう?


「じゃあ、プレーンにします。」
「なら、俺はココアと紅茶だな。食後が楽しみだ。」


フッと嬉しげに小さな笑みを口元に浮かべる。
あぁ、またそんな素敵な笑顔を。
その笑みに当てられて、自分の頬が熱くなっていくのが分かる。
恋人同士、いや、夫婦になったとはいえ、未だシュラ様の笑みに免疫が出来ない自分。
きっと彼の笑みを目の当たりにする度に、私は何度でも胸を高鳴らせ、際限なく想いが膨らんでいくのだろう。
この人は、私の心を惹き付ける、それだけの強い魅力(魔力と言うべきだろうか)を持っているのだ。


それにしても、本当に甘い物に目がないのですね、シュラ様。
嬉しそうに鼻歌など歌いながら、ケーキを冷蔵庫にしまう彼の後ろ姿を見ながら、思わず小さな笑みが零れた。





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