「アンヌ、片付けが終わったら、ちょっと良いか?」
「あ、はい。直ぐに行きます。」


シュラ様がキッチンにひょっこり顔を出した時、私は夕食後の後片付けをしていた。
丁度、最後のお皿を拭いて、食器棚に戻すところだったので、二つ返事で直ぐに彼の後を追い、エプロンを外して、リビングに向かう。
既にソファーへとドッカリ座り込んでいたシュラ様は、私が姿を見せると、何も言わずに手招きをした。
それにしても、今日は夏のわりに肌寒いというのに、相変わらずTシャツも身に着けず、ハーフパンツ一枚の半裸姿。
春先でも同じ格好だった事を思えば、このくらいの気温は何ともないのかもしれないけれど、もしや、冬になっても半裸姿を貫き通すつもりなのかと思った途端、ちょっとだけ頭の奥が痛くなった。


「どうした? 眉間など押さえて。」
「いえ、何でもないです、大丈夫です。」
「そうか、ならば良いが……。」


心配してくれるのは嬉しいけれど、その心配の種がシュラ様自身なのだから、どうしようもない。
ようは私が慣れれば良いだけの事であって、でも、この状況に慣れるには、あまりにシュラ様の体躯が立派過ぎると言うか、筋肉が見事過ぎると言うか、兎に角、シュラ様が素敵過ぎて困る。
何をどうしても赤面してしまうし、照れてしまうし、はっきり言えば直視出来ない。


そんな私の苦悩を余所に、シュラ様は機嫌良く自分の隣、ソファーの空いた部分をポスポスと叩いた。
それは、「ココに座れ。」という、毎度お馴染みの合図。
私は勿論、その合図に従って、彼の横に腰を掛けた。


「アンヌ、これを……。」
「耳掻き、ですか?」


スッと差し出されたのは、シュラ様愛用の耳掻き棒。
反射的にそれを受け取ると、彼は私の了承も得ないままに、ゴロンとソファーの上で横になった。
ポスッとシュラ様の頭が膝の上へ預けられ、途端にズッシリと彼の重さを感じ取る。


やっぱり、これは恋人同士の距離だと、改めて思う。
膝の上に感じる相手の熱、重さ。
そして、何よりも無防備なこの体勢。
優しく髪を掻き上げて、普段は絶対に他人が触れないような場所、こめかみや耳の縁、そして、耳たぶにも触れられる。
それは間違いなく恋人の特権だ。


数日前の私は、そんな事にも気付かずに、とても緊張してシュラ様の耳掻きをしていた。
この距離はすなわち、シュラ様が誰よりも心許している証拠であり、私を恋人として扱っているという宣言に他ならなかったのに。
そんな彼のアピールにも、全く気付いていなかった。


「……擽ったい。」
「あ、ごめんなさい。もう少し強くしますね。」
「そうしてくれ。」


見下ろすシュラ様は、気持ち良さ気に目を閉じている。
伏せた長い睫、整った端整な横顔。
柔らかな黒髪の感触も、触れる耳の熱も、この指先に心地良くて。
私は思わず、その白い頬にキスを落としていた。
自分の意思を越えて、それは身体が勝手に動いた瞬間だった。





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