夕方、執務から戻って来たシュラ様の顔を見た途端。
何処かでデスマスク様に出くわし、そして、例の事をからかわれたのだと、その様子から気付いた。
だって、いつもの無表情の中に、渋い柿でも食べた後のような、『忌々しい』とでも言いた気な雰囲気がありありと浮かんでいるのですもの。


「デスマスク様にお会いになられたんですね。」
「あぁ、双魚宮に寄ったら、したり顔したヤツがいてな。昨日の添い寝の事を散々からかわれた。」


やっぱり……。
全く、言わなくて良い事、やらなくて良い事ばかりして、いつも迷惑を掛けてくれる人だ。
私達の事をアレコレ言う前に、ご自分が恋人さんの事を何とかすべきじゃないのかしら。
デスマスク様は、未だ謝りに行っていないようだし。


「まぁ良い。あのような駄蟹の言う事などに耳を傾ける気などない。何度も言っているように、俺はアンヌの気持ちを最優先する。」
「は、はぁ……。」


嬉しいような、ちょっと複雑な気持ちになる。
何と言うか、良心が痛むと言うのか。
こんなにも我慢に我慢を重ねて、それでもまだ私の気持ちを最優先してくれるシュラ様に申し訳ない気分にもなるし、いつまでも前に進めない自分に情けない気持ちにもなる。
本当は、私だってシュラ様と、早くそうなりたいと願っている。
彼に抱かれて、そして、恋人同士なんですと、胸を張って言えるようになりたい。


「どうした、アンヌ? 浮かない顔をして。」
「あ、いえ。何も……。」


顔を覗き込まれて、反射的に首を振る。
でも、直ぐに、それじゃいけないと、顔を上げて、目の前のシュラ様をしっかりと見つめた。
私はもう、ただの女官ではない、彼の恋人なのだから。


「ごめんなさい……。あの……、努力しますから。一日でも早くシュラ様のものになれるように、努力しますから……。」
「アンヌ……。」


少しだけ、その切れ長の目を見開き、驚いた顔をして見つめ返してくるシュラ様。
だけど、その表情も一瞬。
直ぐにフッと柔らかい笑みを零し、私の頭を優しく撫でる。


「無理はするな、アンヌ。ゆっくりで良い。」
「でも……。」
「まだ何とか我慢出来る。それまでは待つ。だが、本当に我慢の限界が来たら……、その時は遠慮せずにお前を押し倒す。良いな?」
「っ?!」


シュラ様の我慢の限界が来るのが先か。
それとも、私の決心が固まるが先か。
出来れば後者が先であって欲しいと思えど、こればかりはどうなるか、まるで分からない。


何しろ、いつまでも弱いままで甘えてばかりの私の心。
何か大きなきっかけがなければ、簡単には踏み出せないと分かっている。
今更ながら、こんなに大きなトラウマを植え付けた前の恋人の事を憎らしく思えど、過去の事にこだわったところで何にもならない。
背を向け、シャワーを浴びに浴室へと向かうシュラ様の後ろ姿を眺めながら、零れ落ちるのは、やはり溜息ばかりだった。





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