止まぬ霧雨の中、のんびりと階段を下りる私。
まだ陽が高い間の外出は久し振りで、何となく周囲の景色を眺めたい気分だった。
空には陰鬱な雲が広がっていても、こうして夏の時期に出歩けるのは、私にとっては貴重だ。
昨日のように、シュラ様達の腕の中にいて、一瞬で目的地へと運ばれてしまっては、夏期間の十二宮の景色を堪能する事は出来ないもの。


そうして、時間を掛けて辿り着いた獅子宮。
その前まで来て足を止めた私は、そのまま中へと入る事を躊躇った。


先程のデスマスク様との遣り取りを思い出し、思わず腕やら肩やら自分の肌をクンクンと嗅いで、匂いを確認してしまう私。
もう自分じゃ全然、分からないんだけどな。
それは自分から香る匂いに慣れてしまったから、分からないだけなのか。
それとも、デスマスク様が妙に鋭過ぎるだけなのか。


もし、慣れのせいで自分じゃ分からなくなっていただけだとしたら、アイオリア様に気付かれてしまうだろうか?
デスマスク様がしたように、問い詰められてしまったら、どう答えれば良いのだろう。
正直に「添い寝です。」と言ったところで、信用して貰えるかどうか。
いや、耳掻き程度でも十分に頭に血が上っていたアイオリア様の事だ。
添い寝なんて言葉を聞いたら、たちまち激昂するんじゃないだろうか。


はぁ……。
考えると憂鬱になる。
それもこれも、返事を先延ばしにしてきた、鈍い私が悪いのだけれども。


兎に角だ。
アイオリア様は、デスマスク様に比べれば、そういう事には鈍いと言うか、疎い。
きっと、この移り香にも気付かないだろう。
そう信じ、私は意を決して、獅子宮の中へと進んでいった。


「こんにちは、アイオリ――。」


入口の扉を開き、挨拶の言葉を言い掛けた途中。
私の声などは、綺麗さっぱり掻き消されてしまった。


――ガシャーンッ!!


響いてきたのは、ガラスが割れるような大きく鋭い音。
私は何事が起きたのかと、慌ててリビングへと足を走らせた。


「な、何かあったのですかっ?!」


勢い良くドアを開け放ち、リビングの中へと足を踏み入れる。
だが、高く響いた筈のドアの音も、大きく張った私の声も、その中にいた彼等には届かなかったようだ。
だって、アイオリア様と歩美さん、二人して私の方など見向きもせずに、激しく言い争いをしていたのだから。


「無理だって言ったら、無理なのよ! 何で分かんないの、この木偶の坊!」
「そんな我が侭、聞き入れられるか! ココはギリシャだ、聖域だ! 郷に入っては郷に従えと言うだろうが!」
「知らないわよ、そんなの! 大体、私は好きでココに来たんじゃないわ! 貴方が勝手に連れてきたんじゃない!」
「そ、それは、だなっ……!」
「無理矢理連れて来た挙句に、脱走したら死罪とか、そんな無茶な事、押し付けられて一生を過ごさなきゃなんないんだから、多少の無理難題は叶えて貰わなきゃ、割に合わないわよ!」


最初こそ同等に遣り合っているかに見えたけれど、やはり言い争いではアイオリア様は圧倒的に不利。
次第に言い包められて、言い返せなくなってきている。
このままだと、アイオリア様が言い負かされるのは時間の問題ね。
だけど、気の短い彼の事。
その内、問答無用とばかりに力任せに押し通そうとするかもしれない。
ここはやっぱり、そうなる前に止めた方が良いのだろうか……。





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