「んじゃな。俺は用があるから行くわ。」
「あ、デスマスク様。執務ですか? そんなに濡れていて大丈夫ですか?」
「アフロディーテんトコに行くだけだ。多少、濡れてたって構わねぇよ。」


デスマスク様は濡れた逆毛を掻き上げて、それから、濡れた手の雫を払うように小さく振った。
シュッと微かな音と共に、指先から散っていく小さな雫の玉。
薄暗い景色の中で、スローモーションみたいにゆっくりと落ちていく水滴が、何とも言えず綺麗だった。


「そういや、アンヌ。」
「はい、何ですか?」
「遂にシュラとヤったンだな。そうか、オマエも、やっと決心が付いたか。」
「……は? え、えぇっ?!」


陰鬱な空の下、灰色の景色の中で、私の上擦った声が妙に高く響き渡った。
い、いきなり何を言い出すのでしょうか、この人は?!


「し、してません! まだ何もしてませんからっ!」
「あ? 何、慌てて否定してンだよ? 今更、俺に隠す必要なンざねぇだろ?」
「隠してませんし、してません! 大体、シュラ様とは、まだ、そういう事は……。」


続く言葉が声にならず、ゴニョゴニョと口篭ってしまう私。
いつも、こうして墓穴を掘ってしまうと分かっているのに、ついカッとなって言い返してしまう癖をなんとかしたい、本当に。


「だったら、なンでオマエからシュラの匂いがしてくンだ? そンだけしっかり移り香が移ってるからには、一晩掛けてエッチな事、たっぷりとシ捲くったンだろが。」
「そ、それは……。」


さっき肩を抱かれた時に気付かれたのだろう、私の身体に残っていたシュラ様の匂いに。
こういうところは変に鋭いのだ、デスマスク様という人は。
だから、下手に隠し事なんて出来ないし、隠したら返って疑われてしまう。
それは長い付き合いだからこそ、余計に。


「昨夜は、一晩中、添い寝していただけです。」
「はぁ? 添い寝だぁ? オマエ、そんな生殺しみてぇな事を、シュラに強要したってか?」
「べ、別に私からした訳じゃないですから。シュラ様が、添い寝でも良いから一緒に寝てくれって……。」
「あンのバカ山羊。ガキじゃあるまいし、添い寝で満足とは、聞いて呆れるぜ。」


添い寝ねぇと、また濡れた髪を掻き毟りながら、肩を竦めるデスマスク様。
きっとシュラ様の考えが信じられない、もしくは意味が分からないのだろう。
私だって、そう思うし。
変に我慢しなきゃいけないのなら、添い寝なんてしない方が良いに決まっている。
下手に距離が近いと余計に悶々する上に、自分で自分を追い込んでいるようなものだ。
一体、何を思って添い寝なんて(しかも、しっかりと抱き締めて)しようと思ったのか、理解に苦しむ。


「まぁイイ。アイツがそれでイイってンなら、俺がとやかく言う事じゃねぇし。ま、夜中に襲われねぇよう、せいぜい気ぃ付ける事だな、アンヌ。」


デスマスク様は軽く手を上げると、クルリと踵を返して階段を駆け上がって行った。
気を付けろと言われても、ね。
昨夜、シュラ様の腕の中で泥のようにグッスリと眠ってしまった事を思い出し、もう少し、警戒しても良かったのではないかと反省する私だった。





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