ソファーに座るシュラ様の前に立ち尽くし、私は半分、泣きそうになっていた。
言葉にしてしまえば、溢れ出した感情を抑える事が難しくなって、唇を噛む事で、ギリギリのところで堪えてみせる。


「心配性だな、アンヌは。」
「だって、シュラ様……。」
「安心しろ。まだ行くとは決まっていない。明日辺り、アイオリアがケリを着けて戻ってくるかもしれん。それに、行ったとしても、アイオリアと俺の二人掛かりであれば、簡単に決着が着くだろう。お前が心配する程の事はない。」


スッと伸びてきた長い腕が、私の腰を抱き寄せる。
さっきまで悠然と私を見上げていたシュラ様の顔が、今は私の腹部に埋もれ、見下ろす視界には彼の漆黒の髪が映った。
堅そうに見えて、意外に柔らかなその髪に触れれば、激しく揺らいでいた心が僅かに安定してくる不思議。


「俺は大丈夫だ、心配いらん。だが――。」
「??」
「そんな泣きそうな顔をして引き止めるくらいなら、今夜、俺と一緒のベッドで夜を過ごしたら良い。そうなれば、少しは後悔しなくなる。」
「っ?!」


その言葉に、彼の髪に触れていた手を離す。
腹部から顔を離し、私をジッと見上げるシュラ様の視線は真剣だった。
いつもの余裕たっぷりに誘惑してくる時とは、明らかに違う。


「お前の憂いは、そこにあるのだろう? まだ俺と『本当の恋人同士』になっていない。なのに、このまま死別してしまったなら、一生その事を後悔する、と。その想いが、お前の心を曇らせている。そうだな?」
「…………。」


腰を抱いていた腕が離れ、その手が私の両手首を掴んで、そっと力を籠めた。
私は抵抗せずに、その力に任せ、引き寄せられるままにシュラ様の隣に座る。
右手は頬を包み、左手は髪に指を差し入れ、真っ直ぐに私の視線を自分へと向けさせるシュラ様。
その漆黒の瞳の真剣さに打たれ、瞬きすら出来ない。


「ならば、今夜、俺達は本当の恋人同士なれば良い。心だけでなく、身体も、全てを繋ぎ合わせて、一つになれば良い。そうしたら、俺はお前に、忘れられない愛の記憶を与えてやれる。アンヌの全てに、俺という存在を刻み込んで、死してもなお、お前の中で生き続けられる。」
「でも………。」
「過去の経験上、セックスが下手だ、苦手だ、辛いばかりだ。だから、俺とのセックスも、そうではないかと思うと怖くなる。そう言いたいのか?」


その通りだ。
昔の恋人とのセックスは、何度、繰り返しても辛いばかりで。
でも、相手の事を考えると、それを言い出す事も出来ずに、いつも無理に演技をしていた。
だから、巨蟹宮に住み込みで勤める事が決まった時は、内心、ホッとしたものだった。
彼と過ごす夜が減って、少し時間が経てば、良い方向に進むかもしれないと思って。


でも、結局、良い方向へ進むどころか、何の改善もないまま別れてしまったがために、私の中にはセックスに対する恐怖心ばかりが残ってしまった。
それが今、こんな形で、シュラ様と私の間の障害となってしまっている。
傍にいるだけで身体の内側が疼く程の相手でありながら、一歩、踏み出す事に激しい不安を覚える。
私の過去は、自分自身で思っているよりも根深く私の心を縛り、消える事ない恐怖心を植え付けていた。





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