そっと瞼を伏せた。
シュラ様の手によって顔を固定されている以上、俯く事が出来ない。
だけど、真っ直ぐに彼の瞳を見ているのが辛くなって、視線だけ逸らした。
そうするしかなかった。


「ハァ。」


聞こえたのは、シュラ様の溜息。
それは前へ進めない、進もうとしない私への、呆れの溜息だ。
幾ら我慢強いシュラ様といっても、こうまで焦らされては嫌気も差すだろう。
嫌われてしまったかもしれない。
そう思うと、胸の奥がチクチクと痛む。


「アンヌ、こっちを向け。」
「でも……。」
「良いから。」


おずおずと瞼を上げる。
僅か数センチ先にあるシュラ様の真剣な表情と眼差しに出会い、言葉を失う。
頬を包んでいた右手が優しく頬を撫で、その感触に胸の痛みが和らいだ。
大きな手、優しい手、温かな手。
それはシュラ様そのものと、全く同じ。


「そんな自分本位で、相手を労わる事も出来ぬような男と、俺を一緒にするな。アンヌは、そいつが始めての相手だったのだろう? バージン相手に気遣いもせず、自分ばかり良い気分になるような男など、最低だ。やはりお前は男を見る目がない。」
「すみません……。」
「だが、昔のアンヌと、今のアンヌは違う。お前は俺を選んだ。以前にはなかった見る目が、ちゃんと付いた証拠だ。」


なんて自信満々な言い方。
でも、そんなシュラ様だからこそ、惹かれた。
そんな彼だからこそ、この心の全てが奪われた。


「恐怖など感じる暇もない程、熱く激しくアンヌ、お前を抱いてやる。感じさせて、蕩けさせて、辛い思いなど一瞬たりとてさせはしない。」
「シュラ様……。」


その言葉に、全身が蕩けそうだ。
その表情、その瞳で告げられれば、意思を振り切って身体の奥が勝手に疼き始める。
この情熱も、この優しさも、私だけに見せるシュラ様の特別。
なのに、頑なにそれを拒否しようとする自分。
教皇宮の女官の子達が知ったら、私は袋叩きにあうかもしれないわね。
なんて贅沢な、なんて失礼な女なの、って。


「ハァ。」


また一つ、溜息の音。
私の顔を固定していた手を離し、シュラ様は自身の黒髪を掻き毟り始める。
口元には苦い笑み。
そこにはセクシーさと、そして僅かな疲労も含まれている。


「まぁ、良い。もしアイオリアの加勢に行くとしても、明後日の事だ。まだ夜はもう一回あるからな。明日一日、ゆっくりと考えくれ。」
「明日の夜まで……。」
「そうだ。このまま俺と死別になっても良いのか。それとも、俺とのめくるめく記憶を、その身体に刻む決心をするか。どちらかをな。」


考えても無駄のような気がする。
どんなに彼を欲しても、意思とは裏腹に、身体と心が拒否反応を示してしまうのだもの。
私が抵抗出来ないようなシチュエーションにでもなれば別だけれども……。


結局。
この日の夜は、何もないままに、シュラ様と私の二重の溜息の中、時間だけが過ぎていった。



→第3話に続く


- 8/8 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -