アイオロス様が立ち去った後、私はボンヤリと午前の時間を過ごした。
と言っても、長年の女官の習性か、頭はボンヤリしていても、手は無意識に動いているもので。
ハッと気が付いた時には、お掃除は勿論、お洗濯物も干し終え、昼食の準備も粗方、終わっていたのだから吃驚するしかない。
良く包丁で指を切り落とさなかったものだと、自分でも感心してしまうくらいに。


「……アンヌ。」
「は、はい。何でしょうか?」


本日の昼食も普段通りに磨羯宮へと戻って来たシュラ様。
後輩指南に当たっていたのだから、まだアイオロス様から先程の話は聞いていないのだろう。
先に私が話してしまうのも、どうかと思うし、ここは黙っていた方が良い。
そう思って、私は顔や態度に出ないように気を付けながら、食事を進めていた。


が、向かい側に座るシュラ様は、ひっきりなしにチラチラと私の方に視線を送っている。
やはり私の下手な演技じゃ、簡単に見抜かれてしまったんだろうな。
シュラ様は、私の名前を呼んだ後、ピタリとスープを掬う手を止めて、怪訝そうな顔でコチラを見た。


「スープの中に、瓶詰めの蓋が入っていたのだが。」
「えっ?! や、やだ、すみませんっ!! シュラ様、歯は大丈夫でしたか?!」
「歯は強い方だ、心配いらん。」


目の前に突き出されたスプーンには、灯りに反射してキラリと輝く小さな銀の蓋。
こんなものを齧って、良く歯が折れなかったものです、シュラ様。
流石は、岩のようにカッチコチに固くなったパンを普通に食べていただけあって、本当に丈夫な歯なのですね。


「何かあったのか? アンヌが、このような凡ミスをするなんて、ココに来てからは初めてだろう。」
「すみません、ちょっとボンヤリしていて……。」
「そのボンヤリの原因、俺には話してくれないのか?」
「すみません……。」


ただただ「すみません。」を繰り返し、平謝りする私の様子に、シュラ様は聞き出す事を、直ぐに諦めてしまったようだ。
肩を小さく竦めて、軽い溜息を吐く。
私は申し訳ない気でいっぱいになったが、でも、悪い事をした訳ではないし、どうせ直ぐにシュラ様の耳にも入る事だもの。
今、私が彼に告げる必要は何処にもない。


「確か、シュラ様。午後からは、教皇宮での執務でしたか?」
「あぁ、そうだ。」
「アイオロス様が、シュラ様にお話があるようです。今朝、ココに立ち寄っていかれました。」
「アイオロスが? 珍しいな。」


そう言って、目を細めて少しの間、何やら考え込んだ後。
突然、シュラ様がズイッと顔を近付けて、私の顔を覗き込むようにした。
ち、近過ぎます、シュラ様!
あまりの近さに、ドギドキと激しく鳴り出す私の胸。


「アイオロスに何か言われたのか?」
「えっ?!」
「ボンヤリの原因は『ソレ』だろう。まぁ、良い。アイオロスに会えば、直ぐに分かる事だ。」


眉一つ動かさず、無表情のままで、また元の位置に戻ったシュラ様。
その近過ぎる色気にやられて硬直してしまった私を後目に、彼は悠然と食事の続きを再開した。





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