そう、私の問題と言うのは、まさに『ソッチ』の事だ。
元々、一つ屋根の下で暮らしている主人と従者という関係。
それが、恋人同士、つまりは『男と女』の関係になったのだから、本来ならば、同じ寝室・一つのベッドで夜を過ごすべきなのだろう。


だけど、私にはどうしても踏ん切りが付かないでいた。
理由は……、明白だ。
それはもう、単純過ぎる程、単純な理由。


「アンヌ。」
「んっ。シュラ様……。」


夜、夕食の後片付けを終え、ソファーの上で二人、寄り添ってまったりとしていれば、自然と良い雰囲気になるもので。
当たり前にキスし合ったり、抱き締め合ったり、互いの顔や身体を撫で触ってみたり。
それはそれは甘い恋人同士の時間が訪れる。


なのに――。


「このまま今夜は良いか、アンヌ?」
「っ?! だ、駄目! 駄目ですっ!」
「やはり、か……。」


キスに蕩けた身体をシュラ様が押し倒そうとする度に、私は無意識に抵抗し、その身体を押し退けようとしてしまう。
彼は優しいから、そのまま無理にとは言わず、その先は諦めてくれるのだけど。
でも、漆黒の瞳の奥に残る強い欲求の影を見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だからといって、易々と身体を許せるのかと問われれば、そういう訳にもいかなくて。


「まさか……、バージンか?」
「え?」
「だとしたら、俺としては嬉しいのだが。」
「残念ながら……。」


私も初めての相手がシュラ様だったら、どんなにか良かっただろうかと思う。
が、この年齢でバージンと言うには、ちょっと無理があり過ぎる。
でも、私の場合は巨蟹宮に勤めていた六年の間、ずっと恋人がいなかったのだから、有り得ると思えば、有り得るのだけど。


「そうか、そうだろうな。昔、結婚を考えた男がいたのだから、当たり前だな。」
「すみません……。」
「いや、お前が謝る事じゃない。」


残念そうな顔をして片眉を上げるシュラ様の表情に、申し訳ない気持ちになる。
もっと早く彼と出会っていて、もっと早く彼と恋人同士になれていたら、どんなにか良かっただろう。
そうであれば、今、こんなに悩む事もなかったかもしれないのだから。


そう思うのは、前の恋人とのセックスが、いつも酷く辛かったからだった。
初めての相手がシュラ様ならば、そんな事はなかったかもしれない。
でも、シュラ様が相手でも、やっぱり辛い思いをするかもしれない。
そう思うと、どうしても怖くなってしまう。
その事で、彼に嫌われたら。
彼の事が怖いと思うようになってしまったら……。


だから、なかなか踏ん切りが付かないのだ。
シュラ様と身体を重ねる事に、抵抗がある。
もし、今回も上手くいかなかったら……、と不安ばかりが募るのだ。


「シュラ様。もう少しだけ、もう少しだけ待ってください。」
「分かっている。焦る必要はない。」


そう言って、額にキスをくれる優しいシュラ様。
彼の優しさに甘え、無理を強いている私は、この数日、胸の痛まない日はなかった。





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