四人分の卵を焼き終えた頃、シュラ様がひょっこりキッチンに顔を出した。
珍しい、今日はバスタオル一枚ではなく、ちゃんと衣服を身に着けている。
真っ白なポロシャツに濃いグレーのパンツ姿は清潔感があって、とてもあのだらしないシュラ様と同一人物だとは思えない凛々しさ。


出来れば、いつもこっちのシュラ様でいて欲しいのだけど。
と思う反面、だらしのないシュラ様も彼らしくて、いつの間にか好きになっている自分がいる。
もしや、母性本能を擽られているのかしら?
手の掛かる相手ほど尽くしたくなるって言うし、特に私はこういう仕事柄、相手のお世話をするのが当たり前で、寧ろ、それが生き甲斐に近いような状態だし。


「何か手伝おうか?」
「え? あ、でも、これが焼けたら、もう出来上がりですから。」


そう言うのと、ほぼ同時。
綺麗に焼き上がったフワフワの卵を、崩れないよう気を付けながらお皿に移す。
色とりどりの野菜を使ったサラダに、黄色いオムレツ、そして、トマトをふんだんに使った特製のオムレツソースを上から掛けて、これで出来上がり。


「美味そうなオムレツだ。だが、何故、四人分だ?」
「え、それは……。」


いつもなら二人分で当たり前だが、今朝はリビングで眠りこけている二人の分もある。
まさか、デスマスク様とアフロディーテ様を叩き起こしただけで、「はい、さよなら。」なんて事にはならないと思っていたけれど……。


「全く、今日くらいは気を利かせて、帰ってくれれば良いものを。」
「そんな事、言わないでください。ほら、もう四人分、作ってしまいましたし。」
「チッ、仕方ない。俺は奴等を起こしてくる。」
「はい、お願いします。」


苦々しそうに顔を歪め、部屋を出て行くシュラ様。
この調子だと、怒りを籠めた鉄拳で、幸せそうに眠る二人を起こしかねないだろう。
私は思わず、その状況を想像してしまい、苦い笑みを零した。


と――。


「忘れていた。」


リビングへ向かった筈のシュラ様が慌てて戻って来た。
一体、何事だろう?
ダイニングテーブルにオムレツの乗ったお皿を運んでいた私は、ゴトリとそれを置くと同時に顔を上げる。
私の視界の中、シュラ様はジッとこちらを見つめ、真っ直ぐに私の方へと歩み寄ってきた。


「あの、シュラ様?」
「まだ、朝の挨拶を済ませていなかった。」
「……え? んんっ?!」


呆然と彼を見ていた私の肩に手を置き、何事かを理解する暇も与えられずに唇を奪われる。
触れるだけのキスだったが、ギュッと強く押し付けられたそれは、挨拶のキスというには少々、濃厚と言うか、情熱的と言うか。
兎に角、状況を理解出来なかった鈍い頭のせいで、私は抵抗はおろか瞼を閉じる事も出来ずに、至近距離でシュラ様の端整な顔を眺めていた。


「恋人同士ならば、おはようのキスくらい当たり前だろう?」
「え、あ、あの、その……。」
「俺が酒に酔って、何一つ覚えていないとでも思っていたのか?」
「は、はぁ……。」
「残念だが、しっかりと全部覚えている。」


だから、アンヌ、お前は俺のものだ。


そう耳元で熱っぽく囁き、再び重ねられる唇。
そのたった数言で、私の思考は悉く奪われて。
今がまだ朝だという事も忘れて、私はシュラ様の首に腕を回し、その口付けに応じて唇を開く。
そして二人、甘いキスに溺れた。





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