――グイッ!


「っ?!」
「呆けた顔しやがって。やぁっと理解したのか、このニブちんが。」


その時、左肩を抱いていたデスマスク様の腕が、私の身体を強く引き寄せた。
一気に多くの事を納得して飽和状態になっていた頭のせいか、ぼんやりと呆けていた私の顔を、デスマスク様が至近距離で覗き込んでくる。
勿論、その顔には、いつものニヤリ笑いを浮かべて。


「り、理解って、何の事ですか?」
「トボけんなよ。三ヶ月近くもこの宮にいて、自分を雇ってる相手が、どんだけ邪(ヨコシマ)な気持ちでいたか、やっと分かったンだろ。」
「よ、邪って……。」


デスマスク様じゃあるまいし、あの真面目なシュラ様がそんな事。
確かに、私の事を好いてくれているのかもしれないけれど、そのような不埒な事を考えるような方ではないし、そんな事を思われるような覚えは少しも……。


「シュラはね、凄く人見知りなんだ。」
「……え?」
「人見知りと言うか、ガードが固いって言うか。兎に角、慣れない相手には壁を作るタイプなんだ。」


それは分かります。
教皇宮で執務に当たってらっしゃる時などは、宮内にいる時とは正反対、あのダラダラした様子など微塵もなくて、真面目でスマートでクールで。
だから、シュラ様には『近寄り難い』と思っていた女官も多かった。
そして、このオンとオフとの切り替え具合のお陰で、凄まじいまでの『なまけもの生活』が、今の今まで誰にも露呈せずに済んでいるのだ。


「でも、キミに対しては、今まで一度たりとも壁を作ったりはしなかっただろう。巨蟹宮にいた時から。」
「だよなぁ。アイツが自分から話し掛ける女なンざ、仕事の事を抜かしたら、オマエ以外はいなかったしな。」
「それは……。」
「普段はそんな『隙』をみせる男じゃないだろう、シュラは。一分の隙もない程に張り詰めて研ぎ澄まして、相手に弱味など絶対に掴ませない。」
「そんな男が、マッパに近い格好でオマエの前をうろついてるってンだ。その意味、分かンだろ?」


それは、シュラ様にとって、私はどんな弱みを見せても良い相手だと、そのアピールだったという事。
それだけ私が特別な存在であると、態度で示していたのだという事。


そうだ、外に出る時には身だしなみもキチッとしていて、シャツに皺が寄っていた事もなければ、寝癖が付いているなんて事もない。
だから巨蟹宮にいた時には、シュラ様がこんなにだらしない人だなんて、少しも知らなかった。


勿論、そうした律儀で真面目な性格も、シュラ様である事に変わりないけれど。
外には絶対に出さないシュラ様の性格、気の許せる相手だけにみせる普段のシュラ様の姿。
それもまた、シュラ様なのだわ。
両方のシュラ様を知る事が出来る人は、黄金聖闘士様達を除けば、きっと私だけ。
それは、とても貴重な事なのよね。


「ま、ご自慢の肉体を見せ付けて、オマエにその気を持たせたいってのも、あったンだろうけどな。じゃなきゃ、恋人でもねぇ相手の前で、パンツ一丁で過ごしてるなンてオカシイだろ。」


ニヤリと意味深に笑うデスマスク様。
下着一枚だけとか、バスタオル捲いただけとか、そんな半裸な姿ばかりではなく、上から下まで全て素っ裸なシュラ様の姿も、何度か見た事がありますだなんて、デスマスク様には口が裂けても言えない。
絶対に言えないわ。





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