――カタンッ!


朝食を食べ終え、キッチンで洗い物をしていた私の耳に響いた微かな音。
多分、約束通りにアイオリア様が立ち寄ってくれたのだろう。
入口のドアが開いた音だ。
私は慌てて泡の付いた手を濯ぎ、ダイニングへと駆けた。


が、そこに用意しておいた筈のランチバスケットがなくなっている。
食器類を片付けた後、間違いなく、このテーブルの上に置いた筈なのに……。


だけど、わざわざ立ち寄ってくださったアイオリア様を待たせる訳にもいかないし、とりあえずは、ご挨拶だけでもしなくちゃ。
そう思って、ダイニングから出て行くと、入口のドアの前には、アイオリア様と何やら話をするシュラ様の姿があった。
その手には、探していたランチバスケットが握られている。


「ほら、これがお前のお目当てのランチバスケットだ。持ってけ。」
「あ、あぁ。すまんな。」


当然、私の手から渡されるものだと思っていたお弁当を、シュラ様の手から受け取り、困惑するアイオリア様。
遠目で見ても、明らかに笑顔が引き攣っているわ。


「ま、まさかと思うが、お前が作った訳ではないよな、シュラ?」
「そうだと言ったら、どうなるんだ?」
「ほ、本当なのか?」
「喜べ、お前の嫌いな物をたっぷり入れて、栄養満点な弁当にしてやった。ありがたく食うんだな、アイオリア。」


途端にアイオリア様の顔から笑みが消え、顔全体が激しい引き攣りでピクピクと痙攣し出す。
シュラ様ったら、おふざけの嫌がらせも、こうまでしたらやり過ぎでしょう!
もう、今日の彼は、本当に大きな子供みたい。


「大丈夫ですよ、アイオリア様。作ったのは私ですし、嫌いな物など入れていませんから……、多分。」
「そ、そうか。それは良かった。安心した。」
「全く。シュラ様が真顔で仰ると、冗談に聞こえないんですから、気を付けてください。」
「ふん。冗談だと気付かん方が悪い。」
「もう、シュラ様!」


どうしてアイオリア様が来ると、こうも張り合おうとするのか、私にはサッパリ分からない。
普段は落ち着いた大人の雰囲気漂う彼が、急に子供みたいに駄々を捏ねたり、ムキになって張り合ったり、ワザと嫌がらせをしてみたり。
正直、シュラ様の行動が読めなくて、アイオリア様のみならず、私まで困惑してしまう。


「気にするな、アンヌ。じゃあ、俺はもう行くから。今から昼が楽しみだ。」
「あ、帰りに寄ってくださいね、アイオリア様。お弁当箱はそのままで、洗わなくても良いですから。」
「分かった、そうするよ。」


そう言って片手を軽く上げ、颯爽と部屋を出て行くアイオリア様。
後ろ姿だけでも爽やかで、男らしさが溢れていて格好良い。
うん、教皇宮中の女官の子達の間で、一番人気があるのも頷けるわ。
純粋に格好良いもの。
笑顔も素敵で、そして、何よりシュラ様やデスマスク様のようにクセがない。


「アンヌ。」
「はい、何でしょ……、きゃっ?!」


シュラ様に名前を呼ばれると同時に、グイと強く腰を引き寄せられていた。
次いで、頬に触れる唇の感触。


「油断してると、キスをするぞと言わなかったか?」
「っ?!」
「もう闘技場へ行く。俺のいぬ間に、また無理をするなよ。まだ完全に復調したとは言えんのだろう? 何があっても、無理だけはするな。分かったな。」


頬へのキスの余韻と、見下ろしてくる鋭い瞳の強さに、言葉が何一つ出なくなった私は、コクコクと首を上下に振って頷いた。
それが精一杯だった。
そんな私を見て、安心したのだろうか。
シュラ様はフッと小さく微笑むと、腰に回していた手を離し、同じく颯爽と部屋を出て行った。


子供みたいな駄々っ子から、急に大人の色香を全身に滲ませて。
その急激な変化と、溢れ出る色気に当てられて、私はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。





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