6.猫二匹



翌日、朝。


キッチンをパタパタと動き回る私の傍には、何故かシュラ様の姿があった。
いつもなら、早朝トレーニングから戻ってきて、まだシャワー室にいる時間。
もしくは、リビングかダイニングで新聞を読んでいる頃。
なのに、今日に限ってトレーニングから少し早く帰ってきたかと思えば、シャワーも超特急で浴び終えて。
それから、ずっとキッチンに居座り続け、私のする事なす事、その全てをジーッと見ているのだ。


正直、図体の大きなシュラ様に傍にいられては、動く度に壁になり、色々と邪魔で仕方ない。
だけど、宮主様に向かって、「邪魔です、あっちへ行ってください。」などとは言える訳もなく、私は我慢して料理という名の戦争に没頭していた。


最初は、また私の体調を心配して、無理をしていないか監視しているのかと思ったけれど。
お料理が進むにつれて分かってきた、その理由。
それまで手伝う事もせず、ただ黙って見ていただけのシュラ様だったが、アイオリア様へのお弁当を作り始めた途端、やたらと口を挟むようになったのだ。


「アンヌ、その炒め物は彩りが悪いな。ピーマンを入れろ。」
「はぁ、ピーマンですか? でも、味が変わってしまいそうですが。」
「味など、どうでも良い。アイオリアはピーマンが嫌いだ。だが、アンヌの作ったものならば、嫌いな物が入っていても我慢して食うだろう。アイツには良い事だ。」
「は、はぁ……。」


それって、ちょっとした嫌がらせに当たるのではないでしょうか、シュラ様……。


私が毎日、アイオリア様の食事のお世話をしているなら兎も角、たった一回きりのお弁当。
確かに栄養バランスの問題はあるけど、今回限りのお弁当に、ワザと嫌いな物を入れるだなんて、そんな酷い事は出来ない。
楽しみにしてくださっているアイオリア様に悪い気がするし、お礼にもならなくなる。
嫌いな物の克服は、アイオリア様の従者さんが何とかすべき問題であって、私がどうこうする事ではないもの。


軽く焼いたバゲットに切れ目を入れると、パリパリと心地良い音が響いた。
焼いたパンの匂いと、用意したサンドイッチの具材の香りが混じり合い、キッチンの中が食欲をそそる香りの宝箱のようになる。
この良い香りに包まれるのが楽しくて、私はお料理が大好きになった。


「レタス、スライスオニオン、トマト、チーズ、それにローストチキンか。ピクルスは入れないのか?」
「これだけ具材が入っていれば、必要ないと思いますけど。もしかして、ピクルスも嫌いなんですか、アイオリア様?」
「あぁ、だから入れた方が良い。」
「はいはい、そうですか。」


折角の楽しいお料理タイムが、シュラ様の横槍によって見事に潰されている、この現状。
正直、この『嫌いな物攻撃』には、かなりうんざり。
なので、シュラ様には悪いけれど、適当に返事だけして、実際のところ、彼の言葉は全て無視。
いちいち全てを聞いていたら、アイオリア様への『お礼弁当』が、『嫌がらせ弁当』になってしまうもの。


「結局、俺の言う事は何一つ聞かなかったな……。」


出来上がったお弁当の入ったランチバスケットの中を覗き込み、シュラ様はいつもの無表情のまま、でも何処か寂しそうに呟く。
その様子が、身体だけが大きな子供のようで、何処となく可愛いと思った。





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