「大丈夫か、アンヌ? 貧血か? それとも熱でもあるのか?」
「多分……、軽い熱中症……、です……。」


顔を覗き込んでくるアイオリア様に向かって、私は自嘲気味に軽く笑ってみせた。
だが、彼は心配そうな表情をより険しくしただけで、安心した様子はみせない。
起き上がれない私の背を支え、抱き締めんばかりの勢いでしっかりと腕を回す。
こんな情けない私のために、そんなにも辛そうな顔をしなくても良いのに。
アイオリア様も、とても優しい方なんだわ。
掠れる意識の中で、そんな事を思う。


「直ぐに磨羯宮へ戻ろう。俺が運んでやるから。」
「だ、駄目……、で、す……。」
「どうしてだ?! こんな状態なんだぞ?!」
「これ……、シュラ様に……、届けない、と……。」


私は手にしていたバスケットをしっかりと握り締めたまま、抱き起こしてくれたアイオリア様の腕の中から起き上がろうとした。
が、熱に自由を奪われた身体は、まともに動くどころか、意識を保っている事も危うかった。
そのまま、また階段へとダイブしそうになるのを、寸でのところでアイオリア様がキャッチしてくれる。


「無理をするな、アンヌ。さぁ、俺と一緒に戻ろう。」
「でも……、駄目……、です。シュラ様が……、待って……、ます、から……。」


何も伝えないまま、シュラ様を待たせておく訳にはいかない。
他の誰よりも高い給料を頂いている女官として、そんな責任不実行な事は絶対にあってはいけない。
それにこのお弁当、折角、シュラ様のために作ったのだから、やはり彼に食べて欲しいと思う。
そして、いつものように「美味い。」と、その一言が聞けたなら、こんな熱もあっさりと退いてしまうような気がするの。
そんな事、当たり前に気のせいかもしれないけれど。


「連れて行って……、くださるのなら……、磨羯宮では、なく……、教皇宮に……。」
「アンヌ……。」
「お願い、です……。アイオリア、様……。」
「…………。」


暫しの逡巡。
眉を顰め、深く葛藤しているだろう、その表情。
緑の綺麗な瞳が曇り、私の背を支えた手にギュッと強い力が籠もった。


女官の身でありながら、黄金聖闘士であるアイオリア様に我が侭を言うなんて、酷い迷惑を掛けてしまっているのは、分かり過ぎる程に分かっていた。
それでも、今はシュラ様の元へと辿り着く事しか考えられない自分がいる。
それは自分自身でも不思議に思えるのだけど、シュラ様にこのお弁当を渡さずして帰る事など有り得ない、それ以外は考えられなかったのだ。


アイオリア様には、後でお詫びをしよう。
シュラ様が怒っても関係ないわ。
アイオリア様が望むのなら、一度くらいはデートに応じても良い。
お礼に何か美味しい料理でも作って、それから一緒にアテネ市街に出掛けて、それくらいしても足りないくらいの我が侭を押し付けているのだもの。


「……分かった。教皇宮へ行こう。」
「ありがとう……、御座います……、アイオリア、様……。」


私の思考が伝わったのか、決心の付いたアイオリア様が私を抱え上げ、そして、すぐさま走り出す。
初夏の熱い日差しの下にいながら、頬に吹き付ける風は心地良くて、私はアイオリア様の腕の中でスッと意識を飛ばしていた。





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