次に目が覚めたのは、激しいざわめきのためだった。
先程と同じ、直ぐ近くで発せられている声が、とても遠くに聞こえる。
ゆっくりと開いた瞼の向こう、霞んだ視界に映るのは、もうあの大嫌いな青い空ではなく、高い天井と淡い電灯の光。
あ、教皇宮に辿り着いたんだ。
そう気付いた途端、それまで遠く聞こえていた声が、急にクリアな怒声となって耳に飛び込んだ。


「おまっ、バカか! さっき言ってたばっかじゃねぇか! 大丈夫じゃねぇだろ。何、ぶっ倒れてンだよ!」
「デ……、スマス、ク……、様? す……、みま、せん……。」


怒りと心配が混じり合った複雑な表情をして私を見下ろすデスマスク様の顔が、視界いっぱいに映っている。
私は黄金聖闘士様の執務室で、応接用のソファーに寝かされているようだった。


「おい! それはどういう事だ、デスマスク?」
「どういう事も、こういう事もねぇ! コイツは日光に異常に弱い体質だ。だから、この時期の外出は自殺行為に等しいンだよ。」


シュラ様の声……。
今、私の目にはデスマスク様しか見えていないが、その直ぐ後ろにシュラ様がいる。
声だけで分かる。
大好きな人の、心からお慕いしている人の声だから。


「全く知らなかった、そのような事。」
「だろうな。コイツ、必要な時が来るまで言うつもりはなかったようだからな。オマエに心配掛けたくなかったンだろうぜ。」


この体質のために、シュラ様に余計な気遣いをさせたくはなかった。
言わずして何でも察してくれるデスマスク様と違い、シュラ様には負担を掛ける訳にはいかないと、変に気負っていた自分。


「デスマスク、持ってきたぞ。」
「おう、サンキュー。」


バタバタと近付いてきた足音に続き、聞こえてきたのはアイオリア様の声。
何を持ってきたのだろうかと思った刹那、視界から一瞬だけ、デスマスク様の姿が消える。
次いで、スッと身体が起き上がる感覚と、石造りの天井から動いた視線には白いシャツの逞しい胸板が映った。
そして、再び視界はデスマスク様の顔でいっぱいになる。


「スポーツドリンクだ。飲めるか?」
「なん、とか……。」
「おっと、零すなよ。ったく、なンでオマエは素直に磨羯宮へ運んで貰わなかったンだか。このバカ女が。」
「それは……。」
「あー、言わンくても分かってるって。シュラに届けなきゃ、気が済まなかったンだろ? アレを。」


お弁当の入ったバスケットの事だろう。
やはりデスマスク様は、私の考えなど何でもお見通しのようだ。


「つか、てめぇもバカだな、シュラ。戻れねぇくらい忙しいなら、弁当なンか持って来させねぇで、食堂で済ましゃイイだろが。幾らオマエんトコの女官っつったって、コキ使い過ぎだ。」
「……スマン。知らなかったとはいえ、無理をさせてしまった。」


今、この目にはデスマスク様しか映っていないけれども、この声を聞けば分かる。
シュラ様は、あの無表情な顔のまま、でも、その漆黒の瞳に辛そうな色を浮かべている事が。
あぁ、こんな風に心配を掛けたくなかったから伝えなかったのに。
結局は、彼に心労を与えてしまったなんて、駄目な女官だわ、私は……。


喉を流れていくスポーツドリンクの冷たさが心地良い筈なのに、何故かそれがヒヤリとした痛みに感じる。
この時、熱中症以外の何かが、この胸を苦しくさせていたのは確実だった。





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