シュラ様達が執務へと出て行く少し前の事。
キッチンで洗い物を続けていた私のところへ、デスマスク様がフラッと顔を出した。


「あれ? シュラ様はどうされたのですか?」
「外に出る前に便所だと。つか、そんな事よりオマエ、大丈夫か?」
「何がですか?」
「最近、急に気温が上がったろ。日差しも強ぇし、身体ヤベぇんじゃねぇのか? 無理してねぇか?」


デスマスク様は優しい、そして、とても良く気の付く人だ。
いつも一歩下がったところから他人の事をシッカリと見ている。
でも、自分が気に入った人以外には、例え気が付いても、何かと気にしたり面倒をみたりしない、そういう人。
そんなデスマスク様に、こうして気に掛けて貰えているという事は、私は女官として彼に認められている存在なのだ。
そう思うと、とても嬉しい。


「大丈夫ですよ。陽の高い内は、なるべく外に出ないようにしてますし、必要な時は、完全に日光遮断スタイルで外に行きますから。」


そう言って、私はクスッと笑った。
私の外出スタイルは、自分で見ても笑ってしまう程におかしいのだ。
他の人から見たら、余計に滑稽だろう。
でも、デスマスク様はクスリともせず、代わりに元から怖いその顔を、更に顰めてみせた。


「笑い事じゃねぇぞ、オマエ。無理して倒れちまってからじゃ、遅ぇんだからな。」
「はい、すみません……。」


それまでシンクに寄り掛かって横にいる私を見下ろしていたデスマスク様が、不意に組んでいた腕を解き、私の頭にポンと手を乗せた。
その軽い衝撃に、小さく肩を竦めた私の顔を覗き込むように眺め、それから呆れを含んだ溜息を吐く。
クイッと片眉だけ上げる表情は、シュラ様も良くする顔だ。
だが、シュラ様とデスマスク様では、こうも違った表情に見える不思議。


「シュラには、もう言ってあんだろ?」
「いえ、まだ何も……。」
「ぁあ? なンで、オマエ、言わねぇンだよ。何かあってからじゃ遅ぇって言ってンだろ。」
「でも、お昼間に外に出る事は滅多にありませんし、特に問題はないと思いますけど。」


聖域内にある市場への買い物は、夕方過ぎ、陽が傾いてから行く事にしている。
必要なものはあらかじめ前回の買い物の時に、馴染みの店のオジサンにメモを渡して取り置きして貰っているから、売り切れで買えない事もない。
何の偶然か、休日にシュラ様と出掛ける予定の日には、大抵、曇っているか、もしくは完璧な雨模様だったりするし。
もし、以前のようにシュラ様から『闘技場まで来い』と言われても、その時になって事情を話しても遅くないだろうと思う。


「そンな悠長なコト言ってて大丈夫か? 知らねぇぞ、急な用事で外に出る事になっても。」


やっぱりデスマスク様は優しい。
口は悪いけど、その内容は皆、私を心配する言葉ばかり。
六年間、共に過ごして来たからという事もあるだろうけれど、こうして彼の女官ではなくなった今でも、私の身を案じてくれるのは嬉しかった。


「私の事など心配してないで、恋人さんと上手くやってください。」
「ちっ、相変わらず可愛くねぇな。オマエも、いつまでも女官なんてやってねぇで、自分の幸せ見つけろ。」
「あれば良いんですけどね、幸せ。」
「あンだろ、気付いてねぇだけで。幸せってのは、意外と身近に転がってるモンなんだよ。」


『身近=シュラ様』だったなら、この上もなく嬉しいのですけど……。
心の中でそんな事を思いつつ、私はもう一度、小さく肩を竦めてみせた。





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