コツコツと革靴の音を響かせて路地を歩く。
商店街から僅かに入ったところに、一見してそうとは分かり難い洒落たバーの入口があった。
重く分厚い木製の扉を柔らかなライトが照らしている。
しかし、シュラは店へ入る事はせず、建物横の細い隙間へと入っていった。


ガチャリ。
鞄から取り出した鍵が、キーホルダーに触れて、鈍い音が響く。
山羊座のシンボルマークを模ったキーホルダーの先にぶら下がった鍵の一つを摘まむと、その鍵で狭い通路に面したドアを開けた。
そこは店の裏口でもあり、バーの奥にある居住区側の入口でもあった。


「……帰った。」
「やぁ、お帰り。」
「お帰り〜、シュラ。」


裏口を入ると、直ぐ右手に二階へ続く階段がある。
その階段を上がれば、そこが彼の住まう部屋だ。
だが、シュラは廊下を真っ直ぐに進んでいき、店のバックヤードへと入り込むと、そこから更に奥のドアを通ってバーの店内へと入っていった。


バーの中は薄暗く、雰囲気のある静かな音楽が流れていた。
広過ぎず落ち着いた店内は、平日という事もあり客は少なめだったが、だからと言って閑散としている訳ではない。
殆どが常連と思われる客達は、それぞれ思い思いに寛ぎ、ゆったりとグラスを傾け、じっくりとアルコールを楽しんでいる。
そんな店内の様子をサッと一瞥すると、シュラは躊躇いもなくカウンターの方へと近付いていった。


カウンターの中にいるのは、この店のオーナーで、シュラに二階の部屋を貸している男だ。
小学校から長い付き合いの友人・ディーテ。
容姿は絶世の美女と見紛う美しさを誇るが、その体格の良さは紛れもなく男性のもの。
時折浮かべる目映い笑みにクラリときてしまう人も男女問わず多いのだが、口を開けば皆が目を丸くする程の毒舌振りを披露する。
その見た目の麗しさと中身の辛辣さとのギャップが、また良いのだと評判になるのだから、世の中とは不思議なものだ。
そんな一癖も二癖もある相手と、よくも長年友人関係でいられるものだと感心される事もあるが、大昔に右から左に受け流す術を身に着けていたシュラには、ディーテの口の悪さなど、然程、気にはならなかった。


「今夜は早いお帰りだね。もしかして夕食はまだなのかい?」
「あぁ。何か予感がしてな。真っ直ぐに帰ってきた。」
「なる程。離れていても、キミには飛鳥の気配が感じ取れるという訳か。」
「違うわよ、ディーテ。シュラは単に昨日作った肉じゃがが残っているのを思い出しただけ。」


家に帰って来た時には、必ずオーナーのディーテに帰宅の挨拶をする。
それが、この部屋を借りる際に突き付けられた『絶対ルール』だった。
バーが開いていない時間は兎も角として、仕事帰りのこの時間帯は営業時間のためディーテに顔を見せない訳にはいかない。
変なルールではあったが、お陰で、こうして飛鳥が来店している事にも気付けるなど、面倒だが良い事も多々ある。
店にはシュラの恋人・飛鳥は勿論、彼の友人や古くからの知人なども頻繁に訪れるからだ。
寡黙なシュラではあるが、やはり友人と飲んで、喋って、笑う時間は、年相応に楽しいもの。


「飛鳥、夕飯は食ったのか? お前も一緒に肉じゃが食うか?」
「それなんだけどね。シュラのいない間に残り物の肉じゃがを発見しまして。勝手に肉じゃがコロッケに作り替えちゃった。あ、駄目だったかな?」
「いや、寧ろ有難い。朝飯のオカズにも食ったから少し飽きていたんだ。コロッケなら丁度良い。」
「良いねぇ、彼女持ちはさ。甲斐甲斐しく世話を焼かれて、幸せいっぱい、お腹もいっぱいだろう。」


腹はいっぱいではない、まだ夕飯前だから空腹だ。
そう的の外れた答えをしたシュラは、呆れたディーテを無視してクルリと踵を返すと、今度こそ二階の自分の部屋へと向かった。
右から左に受け流す技術というよりも、生まれ持った天然さで、皮肉や嫌味に気が付かないだけ、それがシュラだった。





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