1.彼等の夜は更ける



終業時間の五時半を三十分ばかり過ぎた午後六時。
彼は静かに席を立った。
自席のパソコンの電源が落ちている事と、デスクの上に余計な書類が残っていない事を、サッと目で確認し、それから仕事場全体に視線を走らせる。
社員は既に半分程に減っていたが、彼は律義に軽く会釈をして、デスクチェアを中へと押し込んだ。


「お先に失礼します。」
「お疲れ〜。」
「お疲れ様でした〜。」


コツコツと静かな足音を立ててロッカー室へと入ると、自分のロッカーから鞄を取り出し、直ぐに外へと出る。
傍から見ればゆったりと歩いているように見える彼の歩行だが、その長身と足の長さ故、歩く速度は一般男性よりも、かなり早かった。
仕事を終えてお喋りしながら廊下を進む女性社員の横を、あっという間に抜き去っていく。


「……今の人、誰?」
「え、知らないの? 人事部研修課の主任・シュラさんよ。イケメンの上、仕事も出来るって、社内でも有名じゃない。」
「そういえば、新人研修の時に、部屋の後ろで睨み効かせてた目付きの悪い人がいたわ。あの人かな。監視されているみたいで怖いねって、皆で言ってたの。」
「そうそう。視線が鋭いから、何もしてなくても、何か怒られるんじゃないかって、ビクビクしちゃう。人事部の人の話じゃ、仕事中は少しも笑わないらしいわよ。」


社内でも一・二位を争うイケメンであるのは間違いないが、如何せん目付きが鋭く怖過ぎる。
一部の社員の間では、実は『ヤ』の付く危ない職業の組長の息子なんじゃないかとか、実は『マ』の付く恐ろしい職業の一員で裏で怪しい取り引きをしている殺し屋なんじゃないかとか、様々な噂が囁かれている程だ。
実際の彼は、真面目過ぎるくらいに真面目で、しかも、勤勉。
黒いところなんて微塵もない清廉潔白な一般サラリーマンである。


「シュラさん、彼女いるのかしら?」
「さぁ……。でも、私生活は全くの謎みたいよ。怖くて誰も詮索出来ないらしいから。」
「顔良し、スタイル良し、年収良し、将来も有望。なのに、目付きが悪いだけで、随分と損しているのね。パッと見は凄く良い男なのに。」
「これまで社員の女の子と噂になった事すらないみたいだし、笑顔とか話し易さとか、女子にとっては大事な要素よね。顔だけじゃモテないかぁ、やっぱり。」


きっと彼女もいないのでしょうね。
なんて噂されている事など露知らず、シュラは颯爽とビルを出て、薄暗さの深まりつつある夕方の街を歩いていった。
辿り着いたのは、会社から近い場所にあるスポーツジム。
小学生の頃から大学まで、ずっとサッカー部に所属していた彼は、今でも運動する事、身体を鍛える事が日課になっている。
ジムで小一時間程、汗を流し、仕事で溜まった疲労とストレスをすっきりとリフレッシュして家路に着いたシュラは、駅を出た後、いつもの中華料理店に向かい掛けた足を方向転換し、真っ直ぐに家に帰る事にした。
昨夜、夕食にと作った肉じゃがが、まだ大量に余っているのを思い出したからだった。





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