一人、本気で悩み始めた真面目なリアを放置して、皆は再びワイワイガヤガヤと元の会話に戻っていた。
カミュに会えたのは、かなり久し振りな事もあって、リアの転職が云々よりも、カミュの近況の方が彼等には気になるところ。
サガとミロが交互に、「仕事はどうか?」とか、「アートスクールは順調か?」などの質問を浴びせるのを横目で眺めながら、ディーテは悩める真面目青年に、そっとグラスを差し出した。


「ありがとう、ディーテ。」
「礼には及ばないよ。ちゃんとお勘定はいただくんだから。」
「ハハッ、そうだな。」


チビリと舐めるように口に含んだ淡い緑色した液体は、舌にキリッと刺激を与える辛口のカクテル、エメラルド・アイル。
これを飲んで、気持ちを引き締め、気合いを入れろという事だろうか。
そんなメッセージを受け取め、胸の奥から深い息を吐いたリアの口元に、穏やかな笑みが薄く浮かんだ。


「おや? もう決心が付いたのかな?」
「まさか。転職は、これからの人生に大きく係わる一大事。そう簡単には決められん。」
「そりゃあそうだね。キミが勢いだけで決めたら、皆が吃驚し過ぎて、顎を外しそうだよ。」


ミロが転職すると言っても誰も驚かないだろうが、生真面目で頭の固いリアが転職を宣言したなら、誰もが自分の耳を疑うだろうし、まず誰一人として、その言葉を信じないだろう。
だが実際、もしそうなったとしたら、皆はどんな顔をするだろうか。
想像するだけで面白くて、ディーテは口元から零れそうになる笑みを、何とか喉奥へと飲み込み、笑いを噛み殺した。


「なぁ、ディーテ〜。俺に、もう一杯、作ってくれよ〜。」
「はいはい。何にする、ミロ? 次もスコーピオン?」
「いやいや、次は違うのが良い。アルコールは強いけど、飲み易いヤツで。」
「なら、ロングアイランド・アイスティーにしようか。」
「アイスティー? 紅茶のカクテル?」
「いや、紅茶は使わない。けど、紅茶のような見た目と味がする。まぁ、飲んでみれば分かるよ。」


流れるような優雅な動きで、カクテルを作り上げていくディーテ。
その一連の動作を、感嘆の眼差しで黙って見ているリア。
注文をしたミロを含め、他の三人はお喋りに夢中な様子で、リアがすっかり落ち着きを取り戻した事には気が付いていなかった。


――カロン、カロン。


「お帰り、シュラ。今夜は何だか御機嫌だね。」
「……そうか? 今日は客が多いな。カミュとサガだけかと思っていたが、他にも来ているとは。」
「何だよ〜。俺とリアが居ちゃ駄目なのかよ〜。」
「そうは言っていない。」


御機嫌だとディーテに言われた割には、他人が見たら怒っているようにも思える目付きの悪い無表情で、シュラはドカリとリアの横に座った。
それと同時に、手に持っていた白い長形の箱を、カウンター内のディーテに向かってズイッと差し出す。
ディーテは小さく眉を上げたが、反射的にその箱に手を伸ばしていた。


「何だ、それは? 何処かの土産か?」
「開けてみれば分かる。」
「この箱……、和菓子を詰める箱だね。という事は、飛鳥からのお土産かな?」
「だから、開けてみれば分かる。」


リアとディーテに問い質されても、答えようとはしないシュラ。
箱は包装されていないが、明らかに上生菓子が六個ほど入る大きさ。
きっと飛鳥が新たな和菓子の研究用に作った試作品だろう。
サガの話では、今日の昼間に昔の和菓子の雛形本を買ったそうだから。
ほんわか微笑ましく思いつつ蓋を開けたディーテだったが、箱の中、その予想外の中身に驚き、大きく目を見開いたのだった。





- 10/17 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -